雑誌正論掲載論文

「公」に生きる覚悟 なぜ我々は映像を公開したのか

2016年05月25日 03:00

元駐沖縄米軍海兵隊政務外交部次長 ロバート・D・エルドリッヂ/元海上保安官 一色正春

月刊正論6月号

 2010年9月7日、海上保安庁巡視船が尖閣諸島付近の領海内において違法操業中の中国漁船を発見、同漁船に対して領海外への退去を求めたところ、同船は退去するどころか巡視船2隻に体当たりし数千万円にもおよぶ損害を与えた。本来なら乗組員全員を外国人漁業の規制に関する法律違反や往来妨害等の疑いで現行犯逮捕すべきところ、日本政府は半日以上経ってから、公務執行妨害という微罪で船長のみを通常逮捕。それを受けて中国政府は船長の即時釈放と謝罪を要求、同月24日、船長は圧力に屈した形となった日本政府により釈放、送還された。非公開となっていた漁船衝突時の動画は、11月1日の衆議院予算委員会で限定的に公開されたが、国民にそのすべてが知らされることはなかった。中国の「人質外交」「官制反日暴動」などに対して無策な日本政府、そして一向に明らかにならない真実に国民の不満が高まる中、「sengoku38」こと一色正春・海上保安官(当時)が現場映像を動画共有サービス「YouTube」にアップロード、尖閣事件の真実と日中両国政府の嘘とが、全世界に知れ渡るところとなった。

 それから約4年半後の2015年2月22日、米軍普天間基地の移設予定地・沖縄県辺野古地区のキャンプ・シュワブで、基地反対運動活動家らが正当な理由なく米軍敷地内に侵入したとして基地警備員に拘束され、日米地位協定に伴う刑事特別法違反の疑いで県警に逮捕された。反対派らは強硬に抗議、県内のメディアが「不当逮捕」という扱いで取り上げはじめ、活動家を拘束した米海兵隊と日本人警備員らへの批判が広まるかに見えた。同年3月3日の政府予算委員会での答弁から、日本政府も事実関係を理解していないと判断したロバート・エルドリッヂ米海兵隊政務外交部次長(当時)がその翌日、事件現場を撮影した米軍監視カメラの映像を外部に提供。平和活動家の挑発的態度とその違法行為、ならびに現場で取材にあたっていたにも関わらず、事実と異なる報道をしていた地元紙の嘘が明らかとなった。

 当事者たちにとって「あの事件」とはなんだったのか。今回その二人が初めて対談する。

 ロバート・エルドリッヂ氏(以下、RE) いつだったか那覇で開催された一色さんの講演会に、ただ一人の外国人聴衆として参加したことがあります。今日は直接お話しできてうれしいです。

 一色正春氏(以下、一色) それは知りませんでした。専門家の前で偉そうなことを言ってしまって赤面の至りです。しかもアメリカの悪口をさんざん言ったような記憶が…。

 RE いえいえ。一色さんのあの行動はすごく大きかった。お世辞でもなんでもなくて、沖縄にいる人間として本当にそう思います。昨年「尖閣問題の起源」(名古屋大学出版会)という本を出したのですが、ちょうどその執筆中に一色さんの行動があって。一色さんと私のケースを比較した場合、大きく違う点として「映像を公開すべき人たちが事実を隠蔽しようとしたか、しなかったか」ということが挙げられると思います。私のケースでは、海兵隊は事実を隠蔽しようとまでは考えていなかったと思う。自分たちの置かれた状況に対する認識の甘さから公開を決定できなかった。一色さんのケースでは、事実を隠蔽しようとした当時の政権や官僚組織があった。一色さんはその状況に対して「違う!」と声を上げ、行動されたわけです。もちろん日本の尖閣問題に対する過去40年間の姿勢は甘すぎたし、アメリカの中立的姿勢もまた大きな問題ではあったのですが、あの時の判断で、菅政権はあきらかに国益を損ないました。当時はたまたま民主党政権でしたが、これが自民党政権であれなんであれ、おかしいと思う政府には国民が説明を求めるべきです。

 一色 私の中では、当たり前のことを当たり前にやっただけです(苦笑)。まあ、時の政権に逆らうわけですから、小さなことではなかったかもしれませんが、誰かがやらなければいけなかったことだと思っています。

 RE ご謙遜ですが、一色さんがあの映像を世に出さず、事実が明らかにならないままの世界を想像してみてください。中国は今もあの事件を利用し、「漁船に衝突してきた小日本」などと声高に批判しつつ、東シナ海での権益をより強く主張していたはずです。卑劣だがそれが外交戦でもある。「中国を刺激すべきでない」という人がいまだにいますが、間違えてはいけません。現状としては中国の海洋進出が日本を、そして世界を刺激しているのです。魚釣島周辺海域に中国公船が出没しているのに、何もできない海保職員の無念も察するに余りある。尖閣諸島が南沙諸島のようにならないという保証もない。この状況に対して「穏便に」とか「配慮を」とかいうのはおかしいのです。とにかく、主権侵害を受けていることに対して政府が何もやらないから一人の男が立ち上がらざるを得なかった、これが一色さんの行動の全てだと思います。結果的にお一人で全部、個人で背負わなくてもいい日中関係のひずみをも背負う形になったのだと思っています。

 一色 恐縮です。ロバートさんの行動は私と違って、自らの職務たる広報活動の一環として行われた行為でしかありません。手続きに多少問題があったかもしれませんが、その証拠に私の知る限り、誰もロバートさんを非難していません。これは例え話にすればよくわかるかと思います。スーパーマーケットの店先から金を払わずに商品を持っていこうとする人間がいたので警備員が取り押さえると、その人間が「私はやっていない」と言い出し、大勢いた目撃者が「不当逮捕だ」と騒ぎはじめた。一緒に商品を盗もうとしていた新聞記者が「店員の横暴」なる記事を書いて擁護を始め、被害者であるはずの店と、職務を履行しただけの警備員に対して、事情を知らない大勢の人から抗議の電話やメールが殺到する一方、窃盗未遂の男がヒーロー扱いされていたらどうでしょう?普通は防犯カメラを確認しますよね。

 RE その通りですね。

 一色 そこにはっきりと犯行の瞬間が映っていたなら、それを公表するのが当たり前なのですが、保身に走る店の上司、頼りない警察、ウソを報道するマスコミ、その店自体を快く思わない地方政治家という四面楚歌の状況でどうすべきかという判断を迫られたのだと思います。このまま放置すれば自分の店や部下が、いわれのない非難を受け続けなければいけないというだけではなく、真相が闇に葬られて「正義が死んでしまう」と考えれば、答えは一つしかなかったのではないでしょうか。いったい、この行為のどこが処分の対象になるのか、私には理解できません。処分されるべきは犯罪行為に加担し、それを誤魔化すために嘘を報道した新聞社でしょう。とはいえ、ロバートさんの行動は無駄ではなかった。真実が明らかになったことはもちろん、自称平和活動家の欺瞞に満ちた活動実態と、沖縄メディアの捏造報道が白日の下にさらされた功績は計り知れないくらい大きいと思います。沖縄の人たちは今まで「情報統制」という暗闇に閉じ込められてきたせいか、今まで報道されてこなかった事実にまだ目が慣れていないという現実もありますが、一方で宜野湾市長選のように目に見える成果も上がってきています。また、ロバートさんには東日本大震災時の「トモダチ作戦」でもお世話になっているわけで、日本人の一人として心から感謝しています。

 一色 ロバートさんってアメリカのどちらのご出身なのですか?

 RE ニュージャージー州です。大学からバージニア州に住むことになるんですが、故郷と南部との文化的な違いにショックを受けました。

 一色 やっぱり違いますか?

 RE 違いますね。ニュージャージー州の州民性が、私のあの行動に関係しているのかもしれません。我々はちゃんとホンネで話す、長いものに巻かれない、納得しないことに対して戦う、ほぼ毎日「ニュージャージーに生まれてよかったなぁ」と神に感謝する。「阪神ファンでよかったなぁ」と毎日感謝している関西人に気質は似ているのかもしれません(笑い)。一色さんはずっと京都ですか?

 一色 ずっとじゃないですけど、生まれは京都です。

 RE この対談も京都でやっていますが、私の持っている京都人のはんなりとしたイメージと、わが身を賭した映像公開という激しい行動のギャップに驚いたんですよ。

 一色 それは、偏ったイメージとしか言いようがありませんね。京都人は本当に意地が悪いとか言われていますけれど…実際その通りです(笑い)。しかし私は京都人というより、「世界平和を願う地球市民」でありたいと思っています。

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■ ロバート・D・エルドリッヂ氏 1968年、米国ニュージャージー州生まれ。99年神戸大学法学研究科博士課程後期課程修了。大阪大学大学院教授を経て09年9月より在沖海兵隊政務外交部次長に就任。基地監視カメラ映像を不適切に公開したとして、15年5月同職解任。近著に『オキナワ論 在沖海兵隊元幹部の告白』(新潮新書)、『だれが沖縄を殺すのか』(PHP新書)など。

■ 一色正春氏 1967年、京都生まれ。国立富山商船高等専門学校卒業後、外航航路の船員として海運業に従事。30歳で、海上保安官となる。07年放送大学卒業。10年9月7日に発生した「尖閣諸島中国漁船衝突事件」を録画した映像を公開し、12月22日に停職12か月の懲戒処分。同日付で海上保安官を辞職。在任中、長官表彰3回、本部長表彰4回。著書に『何かのために sengoku38の告白』(朝日新聞出版)、『日本を守りたい日本人の反撃』(共著、産経新聞出版)。