雑誌正論掲載論文

「風立ちぬ」宮崎駿監督の反日妄想を嗤う

2013年09月15日 03:00

ジャーナリスト 三品純 月刊正論10月号

 今年も「護憲村」の夏祭りは大盛況だった。例年8月15日辺りまでは、祭りのピークでメディアも活動家も遠足前の子供のように活気づく。この時期、護憲村の村民たちの耳は「軍靴の足音が聞こえる」という正体不明の奇病に冒される。これが祭囃子だ。ムラの広報係である朝日、毎日新聞など各メディアは、この時期、こぞって社説、特報という回覧板でアジテーションを続ける。そのご高説は、「我こそ平和の善導者」、さも「煩悶する青年」と言わんばかりの自己陶酔感に満ち満ちたもの。それはもはや報道ではなく・配達してくれるビラ・の領域である。「平和を希求する」ことの尊さも存在する半面、「報道」を逸脱した冗長な演説記事の「痛々しさ」について彼らは全く無自覚だ。

 祭りには、メディアだけではなくて芸能人、アーティストという属性の人々も櫓に立って音頭取りをすることもある。そして今年の夏祭りのゲストには、アニメ業界の大御所、スタジオジブリのアニメーション作家、宮崎駿氏が音頭に加わり活況を呈した印象だ。

 先の参院選も終盤の頃、護憲派を自負する社民党、共産党、各諸派の間で「宮崎さんが護憲を訴える記事を出した」とこんな話題が巻き起こった。スタジオジブリが発行している小冊子『熱風』(7月号)の「特集 憲法改正」に宮崎氏自ら「憲法を変えるなどもってのほか」と題する記事を執筆し、それが護憲村の住民達の耳目を引きつけたのだ。

 余談だが、『熱風』はアニメ制作会社の機関誌としてはしばし「専門外」の分野に口を挟むことがある。同誌11年8月号で「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」という特集を組んだ。当時、スタジオジブリの社屋にはタイトルと同じ文言の横断幕が掲げられて、JR中央線からも眺めることができた。

 どうも横断幕の意図がよく分からない。福島原発事故を受けての原発批判なのだろうが、それ以前、福島原発が稼働していた頃、同社も原発の電力で映画を制作していたはず。では原発の電力にまみれた過去作品はいっそ放棄すべきではないか。原発が稼働した場合、もう映画制作はしないという意味か。こう同社に取材を申し込んだが「この件について取材はお受けしない」ということだった。周囲の取り巻きと「No原発」というゼッケン姿の宮崎氏はいかにもご満悦そうだった。

 閑話休題。同社は「特集 憲法改正」号を先の参院選直前の7月18日にインターネットで配信。すると瞬く間に記事が拡散されていった。

 宮崎氏の記事が注目された理由として、2つの背景が考えられる。1つはその頃、参院選の争点として九六条改正など憲法の論議が盛んだったことだ。祭りに参加した〝9条真理教徒〟たちからすれば「あの宮崎駿さんも護憲派だ」ということで歓喜したことであろう。そしてもう1つ、宮崎氏が監督を務めた『風立ちぬ』が同時期に全国公開された点も見逃せない。本作は、零式艦上戦闘機いわゆる「ゼロ戦」の開発者である航空技術者、堀越二郎の活躍を描いたものだ。宮崎作品の特徴として飛行艇や飛行機などが頻出する。とにかく「飛ぶ」ことが重要なエッセンスだ。だから堀越二郎には強い思い入れがあったに違いない。

 もし宮崎氏が記事で護憲、平和と踊っているだけならば祭りの一風景で済んだ話だった。しかし同時にゼロ戦の開発者である堀越を描いたことで9条真理教徒の反応は複雑になった。つまり『風立ちぬ』でゼロ戦開発者を描くことが軍国賛美であると批判する声も上がったのだ。また予想通りの反応だが、反日の態度を取り続ける韓国では『風立ちぬ』が「戦争美化」の「右翼映画」だとして、同国内の公開中止を求める声も強まった。

 こうした言いがかりも含め一連の反応を検証すると「宮崎駿」という個人、そして護憲派や文化人という人々の偽善性と胡散臭さを感じざるを得ないのだ。

体験なき者の横暴

 宮崎氏の記事「憲法を変えるなどもってのほか」は〝いかにも〟な内容だ。というよりも護憲派なる人々の主張パターンを踏襲したものに過ぎない。それは、こんな書き出しからはじまる。

「子どもの頃は『本当に愚かな戦争をした』という実感がありました。実際、日本軍が中国大陸でひどいことをしたというのを自慢げに話す大人がいて、そういう話を間接的にではあっても何度も聞きました。同時に空襲でどれほどのひどいことになったかというのも聞きました。伝聞も含め、いろいろなことを耳にしましたから、馬鹿なことをやった国に生まれてしまったと思って、本当に日本が嫌いになりました」

 なるほど随分、早熟で意識の高い少年だったらしい。ちなみに宮崎氏は1941年生まれで戦時中生まれながら直接的な記憶を知らない「プレ団塊の世代」に属する人だ。だからこの言通り、戦争の記憶というのも、誇張された伝聞が大きく占める。彼の父親は親族と一緒に栃木県で「宮崎航空機製作所」を経営していた。すなわち軍需産業である。ゆえに戦後、宮崎少年は父親を責めたという。

「そんな親父が戦争について何と言ったと思いますか。『スターリンは日本の人民には罪はないと言った』それでおしまいです。僕は『親父にも戦争責任があるはずだ』と言って、喧嘩しましたけど、親父はそんなものを背負う気は全然なかったようです」(『熱風』)

 なんだろうか? 父親の背広からキャバレーのマッチが出てきて「父さんは不潔だ」と叱責する高度成長期辺りの少年の反抗期。そんな風景が伝わってくる。こんな童心を今に留めているからこそ数々の名作を生み出せるのかもしれないが、どうもこの種の人々の特有の青臭さが鼻につく。それは「体験なき者の横暴」である。

続きは正論10月号でお読みください。

■ 三品純氏 昭和48(1973)年、岐阜県生まれ。法政大学法学部卒業。出版社勤務などを経てフリーライターに。「平和・人権・環境」運動に潜む利権構造や売国性に焦点をあてて取材を続ける。著書は『民主党「裏」マニフェストの正体』(彩図社)。