雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第96回 倚りかからず

2013年05月25日 03:00

コラムニスト・元産経新聞論説委員 石井英夫 月刊正論6月号

 舞の海秀平さんは産経新聞スポーツ面に『舞の海の相撲・俵・論』という不定期コラムを載せている。ふだんは大相撲がテーマだが、3月17日付「『反原発』の次は体罰批判か」を読んで、思わずそうだそうだとうなずいてしまった。

 それはスポーツの域を超えて、社会問題にまで振幅を広げている。いやそう書いたからといって、スポーツ評論を社会評論の下に見ているのでは決してない。丸い〝俵〟論をスライドさせて現今のおかしな社会風潮を俎上に載せ、しかも的を正しく射抜いた論評を展開しているからである。

 舞の海コラムをかいつまんで書くと、いまの「体罰は善か悪か」論議のやかましさを考えると、東日本大震災後に一気に広がった「反原発」の流れを思い起こして違和感を禁じ得ない。いったい、体罰のない学校教育やスポーツ指導は確かに理想だが、理想通りにいかないのが現実で、そこに指導者の悩みがある。「原発」も同様で、代替エネルギーをどうするのか、現行の電気料金を維持できるのか、日本のものづくりにどう影響するか。それらをどう考えるかを議論せず、一方的に「反原発」へ決めつけてしまうと何も言えなくなってしまい、人間はものを考えなくなる─舞の海コラムはそう指摘していた。

 人間はものを考えなくなる。これは根元的な指摘であり、哲学的な警鐘ではあるまいか、人間ばかりでなく、世論も新聞も、現代はだれもがものを考えなくなっているからだ。

 体罰問題にせよ、原発問題にせよ、右へならえ、あるいは左向け左!で、全員がオウム返しのごとく、一斉に思考停止に陥っているのがいまの社会ではあるまいか。

 おりもおり、3月25日の東京地裁は大相撲の八百長問題で不当解雇されたという元幕内力士、蒼国来(29)=中国出身=の訴えを認め、「解雇無効」の判決を下した。相撲協会は控訴を断念したから、蒼国来の土俵復帰が決まっている。

 この騒動は平成23年2月、野球トバクで押収された携帯電話に八百長をうかがわせるメールが残っていたことで始まり、二十五人の親方や力士が角界を追放された。そんななか処分を拒否した蒼国来と十両・星風が解雇となったのだった。

 この時も世論や民意なるものが、八百長撲滅のかまびすしい大合唱でわいた。それに押し切られた相撲協会が、ずさんな調査と粗っぽい処分をしたのだが、「規定のない処分は違法」と判決されたのである。世論や民意に流されて・ものを考えなくなっていた・ツケが回ってきたということだろう。

 そのときの相撲協会の愚かしい対応については、舞の海さんは著書『土俵の矛盾』(実業之日本社刊)で「大相撲は日本の神事や伝統文化であり、スポーツではない。おせっかいな茶の間の正義は無用です」と喝破していた。スポーツでないとするなら何なのか。マンダラ(曼荼羅)だという。曖昧さと矛盾だらけの日本人社会が織り込まれた壮大なマンダラだというのだった。小欄も平成23年11月号の「続・チカラビトの世界」で書いた。

 ものを考えようとしない最近の典型はといえば、沖縄辺野古埋め立てに対する朝日新聞の反応がそれである。

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■ コラムニスト・元産經新聞論説委員 石井英夫 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産経新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。