雑誌正論掲載論文

トランプ「保護主義」「孤立主義」のウソ

2018年09月25日 03:00

株式会社武者リサーチ代表 武者陵司 月刊正論10月号

 現在の国際情勢において最重要の問題は、世界の覇権国であるアメリカが衰退しつつあるのか、隆盛の過程にあるのか、であろう。多くの政治学者や評論家は、前者とみる。オバマ大統領がアメリカはもはや世界の警察官であり続けることはできない、と述べて以降、アメリカは衰勢の大国とみなされることがむしろ一般的になっている。Gゼロ論など、米国が覇権国から普通の大国に滑り落ちたなどとする見解すら、多くの人々に共有されつつある。例えばビル・エモット氏はトランプ氏の外交政策がナイーブ(稚拙)、つまり短期的、実用的利益優先で長期的目標や価値観を放棄したように見えるのは、米国の力が衰えつつあるという本能的判断に根差したもの、と論じている。(毎日新聞朝刊8月12日付)

 しかし、経済や産業競争力、金融や株式市場にひとたび目を転じると、景観は一変する。アメリカの独り勝ち色がますます強まっている、というものが実態である。3~4%の経済成長率が視野に入っているのは先進国の中ではアメリカだけである。失業率は4%を切り、完全雇用をほぼ実現している。低迷していた物価もFRBの目標の2%がほぼ達成された。日本と欧州はゼロ金利にもかかわらずインフレ率が高まらず、長期金利の低迷が続き、銀行の利ザヤが極小となり、信用創造が事実上停止する「流動性の罠」に陥ったままである。その中でアメリカだけは、長期金利が上昇に転じ十分な長短利ザヤの下で、銀行貸し出しが増加し、金融機関の収益体質は大きく強化されている。株価はトランプ大統領が当選して以降1年余りで40%上昇し、2月のVIXクラッシュで12%下落したものの、すでにほぼ下落を取り戻すなど、世界最高の成績である。2019年6月に、アメリカは10年という戦後最長の景気拡大記録を更新することは、確実視されているのだ。好況なのに物価も金利も抑制されている、だから景気を殺す金融引き締めも、バブルの崩壊も起きようがないのである。

 この経済力を支えているものがインターネット、クラウドコンピューティング、スマホ、AIなどを駆使した新産業革命における圧倒的リーダーシップである。中国を除く世界のインターネット空間はアップル、グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトなど、アメリカのインターネット・プラットフォーマーに独占支配され、世界の株式市場ではこれらプラットフォーマーが時価総額トップテンをほぼ独占している。新産業革命がトリガーとなり新ビジネスとイノベーションが世界的に巻き起こっているが、その多くもアメリカ発である。

 このように経済においてはアメリカの圧倒的優越性は明白であるが、それは、トランプ政権にまつわる一般的な評価と多くの点で相いれない。

 第一は、トランプ政権誕生の理由である。アメリカ経済が弱体化し、格差と不満が高まり、それに乗じて自己顕示欲の強いポピュリストが政権を奪取した、という見方である。格差と不満がトランプ政権誕生の背後にあることは間違いないが、その原因は経済衰退ではない。またトランプ氏はトップ1パーセントどころではない大富豪であり、推し進めている政策は、ますます格差を拡大しかねない大企業と富裕層に対する減税、オバマケアなど社会保障の見直しである。経済合理性を無視して大衆迎合に走る一般的なポピュリストとは対極の人物である。

 第二にトランプ政権の特質とされる、保護主義、孤立主義であるが、これもトランプ政策を的確にとらえているとは言いがたい。アメリカ人が必要とする物資(財)の輸入依存度は過去40年間で約1割から8~9割へと急伸しており、今では海外供給なしに生活は立ち行かない。また、国境のないサイバー空間を(中国を除いて)アメリカ企業が一手に支配し、そこで課金する仕組みは究極のグローバリゼーションである。S&P500に代表される大半のアメリカ企業は多国籍企業であり、その海外拠点の収益が全体の4割以上を占めるまでになっている。政策によって国境の壁を高くする保護主義はアメリカの国益とは対極にあることは自明である。

 また孤立主義との評価とは全く逆に、国防予算を大きく増額し、武力覇権を強めようとしている。中国に対する貿易戦争、北朝鮮に対する非核化圧力・恫喝、イランに対する核合意破棄と経済制裁、トルコに対する人権制裁、エルサレムへのアメリカ大使館移転など、世界中で物議をかもす政策は、対外関与を薄め内政に専念するモンロー主義とは対極にある。

 ではトランプ氏は何者かだが、根本にある思考は経済主義であり、アメリカ優越主義ではないか。理想主義、非経済主義、分配主義に偏ったオバマ政権に対するアンチテーゼと言える。それでは有権者が選択したトランプ氏の登場の合理性とは何か。それは3点の課題解決として整理できよう。

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■ むしゃ・りょうじ 昭和24(1949)年生まれ。横浜国立大学卒業。大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長、ドイツ証券副会長などを経て、平成21年、武者リサーチ設立。