雑誌正論掲載論文

NHK,これでいいのか 旧ソ連のフェイク裁判を鵜呑み「731部隊」特番を斬る!

2018年04月15日 03:00

シベリア抑留問題研究者・翻訳家 長勢了治 月刊正論5月号

 NHKは昨年八月十三日、恒例の日本軍悪玉論にのっとった番組のひとつとしてNHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験」(五十分)を放送した。それにとどまらず「大きな反響があった」として五ヵ月後の今年一月二十一日、二倍の長さに再編集してBS1スペシャル「731部隊 人体実験はこうして拡大した/隊員たちの素顔」(一〇〇分)を放送した。

 七三一部隊とは関東軍防疫給水部の通称である。防疫給水部は日本陸軍に置かれた疫病対策を目的とした医務と浄水を行う部隊だ。七三一部隊が細菌戦の研究も行っていたのは事実だが、細菌兵器の人体実験や中国での実地使用については見方が分かれている。

 これらの番組では、今回NHKがロシア国立音声記録アーカイブで発見した、「ハバロフスク裁判」における被告と証人の音声テープを証拠として関東軍による細菌兵器の人体実験と実地使用を事実として報道した。

 なぜ今ごろ六十八年も前のハバロフスク裁判なのか。私は「死人に口なし」の故人被告を当時の音声テープを持ち出して一方的に裁く「第二のハバロフスク裁判」(今度は欠席裁判)を意図したと見ている。ふたたび極悪非道な犯罪者として断罪したのである。

 ハバロフスク裁判とは、ソ連極東のハバロフスクで一九四九年十二月二十五日から十二月三十日までの六日間、主に関特演(関東軍特種演習)や関東軍防疫給水部、いわゆる七三一部隊などに関して抑留日本将兵を裁いた軍事裁判のことである。ハバロフスク地方は十五万人以上の日本人を抑留した最大の抑留地であり、かつ最後に日本人「戦犯」を集結させた収容所もあったし、日本人向けの宣伝新聞「日本新聞」を編集発行した場所でもあるから象徴的な意味を持っていた。

 NHKはこのハバロフスク裁判が公正な取調べに基いた公正な裁判であるとの前提で、音声テープをあたかも鬼の首を取ったかのように放送した。しかし、ソ連における「戦犯」裁判に公正な取調べも公正な裁判もなかったことはとうに明らかなのだ。この番組には共産主義独裁国家の司法制度に対する理解がまったく欠けているといわざるをえない。

 まず日本兵のシベリア抑留が国際法(ジュネーヴ条約)とポツダム宣言の「日本兵は速やかに帰国させるべし」との規定に違反する不法な長期抑留であった。加えて、「戦犯」裁判は、弁護士の接見など容疑者の正当な権利などかけらもない密室での強要、拷問などを伴う長期の尋問によってでっちあげられた尋問調書を証拠として、まともな審理も弁護もないままあらかじめ決めた判決を言い渡すだけの形骸化した裁判だった。私はかねて日本人「戦犯」受刑者は無実の囚人だと論証してきた。

 その「戦犯」裁判のひとつであるハバロフスク裁判も後述するようにフェイク(偽)裁判、もしくは暗黒裁判である。それゆえ、この裁判での被告の供述と証人の証言は、たとえ当人の肉声テープであっても真実を証明する証拠と認めることはできない。言い換えれば、このテープには裁判での証拠能力がない。

 念のために申せば、音声テープの証言内容がすべて嘘だといっているわけではない。ハバロフスク裁判の虚妄性を踏まえた上で、個々の証言が真実なのか真実でないのか、厳密かつ公正に検証すべきなのである。

まずNHKは大好きな日本国憲法の第三十八条第二項をよく噛みしめてみるべきだろう。

《強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない》

 これは近代法の大原則である。国内の冤罪裁判には過敏なほど反応をするNHKなのだからこの条項の重要性はもとより承知のはずだ。仮に強制、拷問、脅迫はなかったと仮定しても、ソ連で四年の長きにわたって抑留・拘禁されたなかでの供述というだけで法廷での証拠能力は否定されるであろう。

 ソ連はシベリア抑留の当初から捕虜にした日本人軍民のなかから「戦犯」を捜し出して裁くという行動を意図的に取った。満洲、北朝鮮、樺太、千島に侵攻したソ連軍は、悪名高い「スメルシュ(防諜特別管理局)」を使って日本人軍民の「戦犯」容疑者を摘発し拘束した。摘発の対象となったのは山田乙三関東軍総司令官などの高級将校、憲兵、特務機関員だけでなく警察官、司法関係者、行政幹部、満洲国協和会関係者、民間会社の役員などの「前職者」も含まれた。もちろん七三一部隊の隊員もターゲットになっていた。

 ソ連内務省捕虜抑留者管理総局の昭和二十四年三月二十二日付の資料によれば、八八七〇人もの日本人が「戦犯」容疑者として登録され、うち二〇六人が七三一部隊員となっている。このなかからソ連当局が公開裁判に出廷させるのにふさわしいと認定した人が東京裁判とハバロフスク裁判に被告や証人として出廷させられ、二六〇〇人余りが二十年、二十五年といった長期刑を宣告された。

 ソ連では逮捕―取調べ―裁判―判決という形式は一応あった。しかしそれらの内実は西側の司法制度とは大きくかけ離れたものだったのだ。若槻泰雄の『シベリア捕虜収容所』などによれば、密告が奨励され、拷問が常套手段として使われ、自白が偏重され、裁判ではまともな弁護が行われず、実行行為ではなく企図や思想や職務が裁かれ、欠席裁判が横行し、銃殺や過重な長期刑が科されたのである。

 容疑者は監獄か収容所で取調べられるのだが、夕方から始まって深夜や明け方に及ぶのが常だった。寝静まった夜更け、薄暗い電灯の下で尋問されるだけで恐怖を覚えさせる。不眠と疲労で意識がもうろうとするなか自白を迫るのは一種の拷問だった。取調官が拳銃をちらつかせて脅すこともよくあった。このほか絶食、減食、水攻め、寒冷攻め、脅迫、暴力などがあった。

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■ 長勢了治氏 昭和24(1949)年、北海道生まれ。北海道大学法学部卒業。ロシア極東国立大学函館校でロシア語を学ぶ。旧ソ連のシベリア抑留を研究。著書に『シベリア抑留』(新潮社)など。