正論って何?

基本概念

日本の自由な社会と健全な民主主義を守る―との信条に基づき、昭和48(1973)年6月25日付「悪玉論に頼る急進主義」(猪木正道氏執筆)から産経新聞の「正論」欄がスタートしました。いわば「日本の針路を考える論壇」です。オピニオン面にこの「正論」を掲載するとともに、雑誌「正論」を発行し、報道紙面と併せて明確な主張で偏らない世論の形成に役立つよう努めてきました。

「正論」活動

産経新聞の「正論」欄の執筆陣は、約180人です。朝刊の月曜から金曜に掲載しています。
雑誌では、月刊「正論」を毎月1日に発行、平成28(2016)年10月で創刊43周年を迎えます。平成18(2006)年7月に第1号を創刊した別冊「正論」も第26号まで発行し、この4月には新シリーズ「正論SP(スペシャル)」を発行しました。

正論に期待する

石原慎太郎、日下公人氏対談(正論「Media Guide」2011より)
現下の日本にあって、「正論」に期待することを端的にお話いただければと思います。

日下 今の日本人には「国民たる」自覚を養うことが必要です。戦後最も失わされた感覚であるにもかかわらず、これを訴えるメディアがなさすぎる。「国民」とは何かが自覚できれば、納税義務を果たしているから外国人にも参政権を与えようなんていう意見は出てこなくなる。自らの属する共同体のために体を張ることが出来るか否か。靖国神社に祀られているのは、そこで命を投げ出した人たちです。

石原慎太郎

 実は小難しい理屈は要らない。我が国の指導者はどうあるべきかを問うなら、それに感謝できるかどうか、「靖国で会おう」と言って散った彼らとの黙契を守れるかどうかだけでいいのです。これを問わない、或いは否定しかしないマスコミは日本の国家としての根本課題がどこにあるか全くわかっていないのです。

石原 八月十五日に靖国神社を参拝しました。他の参拝者に対して挨拶を求められたので、「みんなで頑張ろう。この国はこのままではダメになるぞ」と言ったら、旧知の都議会議員の一人から声をかけられました。「石原さん、もうこの国全体が領土問題になりましたよ」と。まさにそうです。

 9月に入って尖閣諸島沖の我が国の領海で起きた中国漁船の領海侵犯と巡視船への衝突事件、その後の彼我の政府の対応の著しい落差を見ても、ますますその感を強くせざるを得ない。一連の中国政府の振る舞いは言語道断、国際ルールを大きく逸脱するもので、中国が主張する領土権の根拠も荒唐無稽なものでしかありません。事実を踏まえれば日本が譲歩する必要があるはずもなく、民主党政権の対応は、我が国は圧力にすぐ屈すると世界から疑われかねない売国行為に等しいものです。

日下 外国はみんなそこを見ている。そもそも総理が靖国神社を参拝しないのは、日本は簡単に圧力に屈する国であることを示しているようなものです。残念ながら二千年間のこの共同体に過ごしてきた日本人同士なら通じる思いやりや察しは外の世界では通じない。

 今回の事件で海保が逮捕した中国人船長を事実上政府の支持で釈放したのも、先行譲歩することで中国に”善意”を期待したのでしょうが、無効はこの際徹底的に日本人を脅しておこうと振舞った。菅内閣の愚策に中国政府は笑いが止まらないでしょう。

日下公人

 日本人ほど国際親善だとか世界平和、核廃絶といった美辞麗句に弱い国民はいない。マスコミがとくにそうです。日本人はそれに本気で賛成し、他の諸国は一時しのぎの詭弁や、他国を欺くための甘言として弄しているのではないかと猜疑心に欠ける。これは本来は悪い資質ではないけれど、現実の国際社会の中にあってはあまりにも甘いカモだと言わざるを得ない。”世界はみんな腹黒い”という実態を伝えるのもマスコミの仕事のはずですが(笑)、彼らは上っ面しか伝えない。

石原 本当にこんなに美辞麗句に弱い民族はいません。国際社会は美辞麗句で成り立っているのではなく、むしろその逆に相手の粗を探し出しては追及すること、その摩擦の中に存在している。他者との摩擦相克は、世間でも国際社会でも必然であってそれを力づくで片づけようとするのは間違いだとしても、少なくとも与えられた場であくまで対等に自らの立場を説明し、自らの意思をはっきりと表明することは、平和な共存のために最も合理的かつ県名な術に他ならないでしょう。日本のマスコミには当然のこうした姿勢がまったくない。そもそも不勉強だし、公平中立なる観念に逃げこんで自ら価値判断をしない。

日下 それでいて日本のマスコミは、ひとり中空に存在する”審判者”のような気でいます。中国も悪いが日本も冷静さを失ってはいけない、とかね。新聞もテレビも本気で日本のことを考えていない。他人事なんです。本当に大事なことを伝えず、なすべき自己主張もしない。これでは他国がまき散らす美辞麗句をそのまま垂れ流すだけのマスゴミでしかない。

 本当に「自らの意思をはっきりと表明」するメディアが日本には少なすぎます。雑誌「正論」は相当言っているけれども(笑)、もっと言ってよい。美辞麗句の裏に何があるかを簡潔明瞭に暴いて、より「モノを言う雑誌」になってほしい。

石原 「正論」には、もっと刺激的であれ、と言いたい。「平和の毒」にやられたまま衰弱していく日本人にとって回生となるような劇薬、綺麗事や偽善を排した「本物の毒」を盛ってほしい。