雑誌正論掲載論文

昭和天皇がレイプの主犯だって⁉ やっぱりヒドい世界記憶遺産の申請文書

2016年09月25日 03:00

明星大学特別教授 高橋史朗 月刊正論10月号

 ユネスコの「世界の記憶」遺産に旧日本軍「慰安婦」関連資料の登録を申請した共同申請書の抜粋が8月2日(パリ現地時間)の夕刻、「世界の記憶」事務局のウェブサイトで掲載公開された。申請主体になったのは8カ国・地域の14の市民団体で構成される国際連帯委員会と、英国の帝国戦争博物館(連帯申請者であるが、委員会には参加していない)である。

 申請された資料は2744件で、その半分以上(1449件)は、慰安婦の証言、慰安婦の絵画、治療記録などである。次に多いのが、市民運動などの活動資料(732件)で、2000年に東京で行われた「女性国際戦犯法廷」などの「訴訟文書」や、1992年にソウルで日本大使館に抗議する目的で始まった水曜デモ、学生による陳情ハガキ等の活動記録が含まれている。  さらに、日本軍「慰安婦」関連の公文書(560件)と私文書(3件)も申請されているが、最も注目されるのは、中国政府が様々な批判を考慮して、前回申請した「慰安婦」関連文書の大幅な削減を余儀なくされたことである。  昨年登録された「南京虐殺」資料、並びに同資料が登録されたにもかかわらず、未だに目録しか公開されていないことや蘇智良上海師範大学教授を中心とする「中国人慰安婦」研究に対する強い批判を日本が展開してきたことが影響していると思われる。

 昨年末の日韓合意によってこれまで共同申請を主導してきた韓国も政府主導ではなく韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)を核とする民間団体主導に方針転換した。このため、中韓両国政府に代わって、日本の「女たちの戦争と平和資料館」と「日本の戦争責任資料センタ―」が大きな役割を果たし、日本の資料が申請の中心になっていることが明らかになった。  申請史料の基本的問題点は以下の通りである。第一に、「女性国際戦犯法廷」や日本の下級裁判所の訴訟文書が申請されていることだ。「女性国際戦犯法廷」とは、日本の慰安婦問題に対する責任追及のために、法廷を模した民間団体の抗議活動である。「裁判」「法廷」「判決」などと称してはいるが、一般の裁判とは異なる名ばかりのイベントで弁護人不在のまま「天皇裕仁及び日本国を、強姦及び性奴隷制度について、人道に対する罪で有罪」という「判決」が出された。この「法廷」を取材したNHK教育テレビ「ETV2001  問われる戦時性暴力」が2001年1月の放送前になって大きく内容が変更され裁判沙汰となったことでも注目を集めた。

「女性国際戦犯法廷」の検事役を務めた北朝鮮の代表者は日本政府から北朝鮮の工作員と認定され入国ビザの発行を止められた人物とされ「法廷」自体が「北朝鮮による工作活動」―とも批判された。また、そもそも昭和天皇をレイプと性奴隷制度の「中核の戦争犯罪人」に仕立て上げる、という内容に対して「常軌を逸した極左的プロパガンダ」などと批判を浴びたいわくつきのイベントで「世界の記憶」遺産にふさわしいとは到底言えないものである。

 第二に、あらゆる角度から客観的に検証されていない元慰安婦の口述記録や、現在も継続中で評価が定まっていない活動の資料が多く申請されている。これらも「世界の記憶」遺産にはふさわしくない。

 第三に、日韓合意に反対する、政治的に偏った市民運動団体と研究者による申請は、記憶遺産制度改革の包括的見直しの視点として指摘されている「申請意図の中立性」「潜在的議論のある申請と登録に関する機微な案件の取扱い」の観点から問題がある(『正論』平成28年8月号の拙稿「世界記憶遺産「慰安婦」共同申請資料の欺瞞」参照)。

 第四に、「女性国際戦犯法廷」や「平和の少女像」(慰安婦像)などの「世界的意義」が強調されているが、前提となっている「慰安婦20万人」「軍の強制連行」「性奴隷」はいずれも歴史的事実に反し、安倍晋三首相も国会で明確に反論している。

 第五に、社会的・精神的・地域的意義が強調されている「平和の少女像」は、50カ所以上の世界の各地に建てられているが、各地で地域社会を分断し、地域住民の無用の混乱と軋轢をもたらし、申請書が強調している「平和のシンボル」ではなく、「紛争のシンボル」となっており、日米で複数の訴訟が起きている。

 第六に、申請書の冒頭に定義された「慰安婦」とは「1931年から1945年の間日本軍によって性奴隷を強制された女性や少女たち」という表現は、朝日新聞が英語版で繰り返している表現と似通っているが、日本軍が性奴隷を強制したというのは歴史的事実に反する。朝日新聞の誤報の国際的影響について国連で日本政府はくり返し明らかにしてきたが、このような申請書の基本認識に根本的な問題があると言わざるをえない。

続きは正論10月号でお読みください

■ 高橋史朗氏 昭和25(1950)年、兵庫県生まれ。早稲田大学大学院修了。臨時教育審議会専門委員、埼玉県教育委員会委員長など歴任。男女共同参画会議議員、親学推進協会会長などを務める。『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在』『日本が二度と立ち上がらないようにアメリカが占領期に行ったこと』など著書多数