雑誌正論掲載論文
気が付けば隣人は外国人―安倍政権で移民国家化が急加速
2016年06月15日 03:00
産経新聞論説委員・大正大学客員教授 河合雅司 月刊正論7月号
安倍政権は、国民的な議論をすることもなく、わが国を実質的な「移民国家」に誘おうとしているようだ。
また1つ歩みを進めた。4月19日の政府の産業競争力会議で、「日本版高度外国人材グリーンカード」構想をぶち上げたのだ。議長の安倍晋三首相は「永住権取得までの在留期間を世界最短とする」と力を込めて語った。これは、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針2016)に盛り込まれ、閣議決定される。
日本の永住権を取得するには、現行制度では原則10年間の在留期間を必要とする。専門的な知識・技術を持つ高度人材は5年だが、これを大幅に短縮しようというのである。
人工知能などを活用する「第4次産業革命」を成功させるためだというが、首相は昨年10月の国家戦略特区諮問会議で、「外国人を積極的に受け入れ、総合的に在留資格を見直す」と明言しており、その具体策でもある。
安倍政権は、かねて外国人をあてにした社会を目指してきた。背景には、少子高齢化で勤労世代が激減することへの懸念がある。すでに多くの産業で後継者不足の悲鳴が上がっている。人手不足を外国人によって手っ取り早く穴埋めをしようとの発想だ
それどころか、安倍政権は大量受け入れに前向きのスタンスもとってきた。その姿勢を鮮明にしたのが、2014年2月に内閣府が公表した移民シミュレーションだ。「毎年20万人」を受け入れれば、2110年までほぼ1億1千万人の総人口を維持できるという推計を示したのだ。政府が「移民」を前提として人口推計を行ったのは極めて異例のことであった。
この時は反対世論に押され、安倍首相が「いわゆる移民政策については全く考えていない」と公言したため、それ以上の検討がなされることはなかった。だが、政府内の大量受け入れ推進派が諦めるはずもない。むしろ、着々と受け入れ拡大を進めてきたといってよい。
推進派が、反対世論を封じ込めるために考え出したのが、「移民」と「外国人労働者」という用語の使い分けだ。首相が移民政策を否定したことを逆手に取る巧妙さがある。
ちなみに、日本には「移民」という行政用語は存在しない。政府としての定義も明確ではない。だが、政府関係者は日本国籍を取得する人々を「移民」としてとらえることが多い。誇張した表現を使うならば青い眼、黒い肌の日本人である。これに対して「外国人労働者」とは企業が一時的に戦力として雇い入れる人々のことだ。仕事が無くなれば母国に帰り、条件のよい職場環境を求めて他国に移っていくことも想定される人たちだ。
用語の使い分けによる受け入れの第一弾は、東京五輪の開催準備などで建設需要が急増しているとして建設業を対象に、外国人技能実習制度の趣旨をねじ曲げ、実質2年延長し最長5年間働けるよう五輪までの臨時対応として認めたことだった。
昨年7月には改正国家戦略特区法を成立させ、家事支援人材(メイド)や、小規模診療所における外国人医師の診療を認めることにした。さらに介護分野での単純労働者の受け入れも、外国人技能実習制度に基づいて行おうとしている。いずれも「外国人労働者」であり、「移民」ではないとの詭弁である。
産業競争力会議のグリーンカード構想もこの延長線にある。推進派が前面に押し出したのは「永住者は『外国人労働者』であり、『移民』とは明らかに異なる」との理屈だった。
推進派は、昨年6月に閣議決定された「骨太方針2015」は「外国人材の活用は、移民政策ではない」と明記されたことを挙げ、「グリーンカード構想は骨太方針を踏まえている」と強調している。移民反対派を安心させようとの計算であろう。これに「イノベーションのためであり、対象は高度人材に絞っている」との説明が付け加えられると、「対象者も少なく、そんなに騒ぎ立てることもないか」との思いになる。
だが、グリーンカード構想は、「移民政策」の突破口になり得ることを知る必要がある。確かに永住者は「移民」とは異なり、国籍が付与されず、参政権も与えられない。とはいえ、日本にずっと住み続けるのだから、日本社会の主たる構成員であることには変わりない。永住者が一定規模となれば、国内マーケットをはじめ、日本社会はその存在を前提として出来上がることとなる。やがて外国人への参政権付与を求める声も大きくなるだろう。
こうしたことに目をつぶって増やし続ければ、「移民」を大量受け入れしたのと極めて似た社会状況になるということだ。
実は、これこそが推進派の真の狙いなのではないだろうか。技能実習制度をなし崩しに緩和する弥縫策に頼っていたのでは本格的な受け入れは進まない。とはいえ、移民への反対世論が転じるのを待っていたのでは時間が掛かる。そこで目を付けたのが、移民に極めて近い存在である「永住者」だったということだろう。
グリーンカード構想の説明には腑に落ちない点がある。「永住権の取得要件を緩和しなければ、高度人材を世界から呼び込めない」という理屈の立て方だ。推進派は「優秀な外国人に日本を選んでもらうためには、永住権を取得しやすい魅力的な国であることをアピールする必要がある。日本経済の活性化には優秀な人材が腰を据えて働ける環境を整備しなければならない」と説明する。
だが、世界を股に掛けて活躍する高度人材は、日本の永住権にどれぐらいの価値を見出すというのか。彼らが重視するのは、永住権の取りやすさではなく、日本に自分の能力を発揮するに足る仕事があるかどうかという点であろう。そして、自分の実力に見合った処遇を約束してくれるかである。日本の永住権に魅力を感じるのは、むしろ母国の暮らしに不満を抱く人々ではないのか。
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■ 河合雅司氏 昭和38年生まれ。中央大学卒。専門は社会保障および人口政策。内閣官房、厚労省、農水省の有識者会議委員、拓殖大学客員教授などを歴任。ファイザー医学記事賞の大賞受賞。産経新聞にコラム「少子高齢時代」を連載中。著書に『地方消滅と東京老化』(ビジネス社)、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮社)など。