雑誌正論掲載論文
日本も自衛核武装を検討すべきだ 北朝鮮は核ミサイルを使うために開発している
2016年03月05日 03:00
東京基督教大学教授 西岡力 月刊正論4月号
1月4日の4回目の核実験と、2月7日のミサイル発射実験によって、北朝鮮の金正恩独裁政権が米国本土まで届く核ミサイルを持ったか、あるいはその直前まできていることが明らかになった。ことがここまで至っても、日本国内では北朝鮮の核攻撃に対する危機感がほとんどない。私はこの日本の危機感のなさにこそ、強い危機感を覚える。
一方韓国では、「金正恩が核を使おうと思えば北朝鮮内でそれを止める者はおらず、韓国にはそれを防ぐ方法がない」(趙甲済氏)として、米国の戦術核の韓国内への再配備や独自核武装を求める世論が急速に高まっている。
金正恩が核ミサイルを完成させれば、日米韓に使うことは十分あり得る。それを確実に抑止する方法は、核のボタンを押せば必ず報復を受けて金正恩が死ぬと彼に分からせること以外にない。米国はその抑止力を持っているが、日韓両国はそれを米国の核抑止力、いわゆる「核の傘」に依存している。しかし、米本土まで届く核ミサイルを金正恩がもてば、米国が自国の大都市を犠牲にする危険を冒してまで日韓のために核を使う確率は低い。したがって、日本も独自核武装を早急に検討すべきだと、私は今年に入り国家基本問題研究所のネットニュースなどで繰り返し主張してきた。
しかし、ほとんど反響がない。なぜ、日本では北朝鮮の核に対して危機感が低いのか。北朝鮮の核ミサイルは体制自衛のためか米国との外交カードであって、実際、核ミサイルが使われることはないと安心しているのか。または、日米安保条約に基づく米国の核報復、いわゆる「核の傘」を信じているのか。MD(ミサイル防衛システム)で撃ち落とせると信じているのか。国民の核アレルギーが強いから発言を控えているのか。とにかく、静かで危機感がないが、危機は目前に迫っている。
本稿では、第1に北朝鮮の軍事戦略と核開発の歴史を振り返って、金正恩が核ミサイルを本当に使う可能性が高いと私が考える根拠を示す。その上で、第2に、米国学者の議論を紹介しつつ、米国の核の傘が信じがたいことを示す。第3に、韓国で論議されている独自核武装論を紹介し、日本でも独自核武装の論議を直ちに始めるよう提案する。
まず、北朝鮮の核戦略について論じよう。北朝鮮の核ミサイル開発の目的について、日本の多数の北朝鮮研究者らは正しく理解していない。冷戦後、国際的に孤立する中、体制を維持するために核ミサイルを持とうとしている、米国との外交カードとして使い米朝平和条約締結で米朝国交正常化を狙っている等の見方が多い。これらの見方は、実は北朝鮮が政治工作として意図的に拡散しているウソだ。
北朝鮮研究者らは北朝鮮の公式文献を第1次資料として議論する。しかし、朝鮮労働党をはじめとする共産党は目的のためにはいかなる手段をも使って良いという共産主義イデオロギーの下で行動しており、公式文献にウソを書くなど当たり前のことだ。そのウソを暴くためには時間軸を長く取って、彼らの言葉でなく行動を分析の対象にしなければならない。また、亡命者の証言や非公式ルートで伝わってくる北朝鮮内部情報を重視する必要がある。
北朝鮮は1月6日の核実験後に「政府声明」を公表した。そこでは、
〈我が共和国が行った水爆実験は、米国をはじめとする敵対勢力の日を追って増大する核の威嚇と恐喝から国の自主権と民族の生存権を徹底的に守り、朝鮮半島の平和と地域の安全を頼もしく保障するための自衛的措置である〉(傍点・西岡以下同)
〈膨大な各種の核殺人兵器で我が共和国を虎視たんたんと狙っている侵略の元凶である米国に立ち向かっている我が共和国が正義の水爆を保有したのは、主権国家の合法的な自衛的権利であり、誰も言い掛かりをつけられない正々堂々たる措置となる。〉
〈恐ろしく襲い掛かるオオカミの群れの前で猟銃を手放すことほど愚かな行動はないであろう。〉
として、核武装が「自衛的措置」だと強調している。
また、1月8日の朝鮮中央通信社論評「正義の水爆はわれわれの誇り」ではより具体的に次のようにそれを主張している。
〈イラクのフセイン政権とリビアのカダフィ政権は体制転覆を謀る米国と西側の圧力に屈してあちこちに引きずり回されて核開発の土台をすべて破壊され、自ら核を放棄した結果、破滅の運命を免れなかった〉
一方で北朝鮮は〈米国の極悪非道な対朝鮮敵視政策が根絶されない限り、我々の核開発の中断や核の放棄は何があっても絶対にあり得ない〉(1月6日政府声明)という表現を使い、あたかも米国が交渉に応じれば核を放棄できるかのような印象をまき散らしている。先に引用した1月8日朝鮮中央通信社論評では以下のように、米国の「核脅威・恐喝策動」「対朝鮮敵視政策」が北朝鮮の核武装の原因であり、それが解消すれば核を放棄しても良いという、米国を交渉に呼び込むメッセージが込められている。
〈米国のわれわれに対する核脅威・恐喝策動は、20世紀50年代に継いで絶えず強化されている。
毎年、大規模の合同軍事演習を行い、原子力空母打撃集団と核戦略飛行隊を含む核打撃手段を南朝鮮と朝鮮半島の周辺に次々と送り込みながら、わが共和国に反対する核戦争策動に狂奔している。
膨大な各種の核殺人兵器でわが民族に核惨禍を被らせようとする侵略の元凶、米国の核戦争挑発策動に対処するのはわが共和国の当然な権利である。
力による強権と専横はわれわれに絶対に通じない。
米国の極悪非道な対朝鮮敵視策動が根絶されない限り、世界の舞台で帝国主義侵略勢力の力による主権蹂躙行為がなくならない限り、われわれが核を放棄したりその開発を中断することを望むのは、天が崩れろと言うような愚かな行動である〉
ミサイル実験後の2月12日朝鮮中央通信社論評は題目から露骨に「平和と安全守護のための最優先的課題は朝米敵対関係の清算である」と米朝交渉を求めている。
〈朝米敵対関係の清算は現時期、朝鮮半島と世界の平和と安全を守るうえでこれ以上先送りすることのできない最優先的課題である〉
〈多くの社会的・歴史的および政治的・軍事的問題点を抱えているきわめて鋭敏な地域である北東アジアの中心に位置している朝鮮半島で核戦争が起こる場合、それが地域的、ひいては世界的な核戦争に拡大されるということは火を見るより明らかである。
このような深刻な事態を防ぐための根本的で最優先的な方途は、米国の敵視政策に根源的に終止符を打ち、朝鮮半島での恒久的かつ強固な平和保障システムを樹立することである〉
あたかも、米国が敵視政策を止めれば平和が来るかのようなデマキャンペーンだ。長々と北朝鮮の主張を紹介したのは、実は多くの北朝鮮問題専門家がまさにこの北朝鮮の政治宣伝にだまされていることを示すためだった。自衛のための核武装、米国との対話を求めている、などという議論は以上のような政治宣伝をそのまま鵜呑みしているからこそ出てくる。
しかし、北朝鮮がいつから核開発を始めたのかを知るだけでも真実は明らかになる。1950年6月、北朝鮮の奇襲南侵で始まった朝鮮戦争が休戦したのが1953年7月だが、その数カ月前の1953年3月に金日成は核開発を決意し、ソ連と原子力の平和的利用協定を結んだ。そして、1962年寧辺に原子力研究所を設置し、1963年6月同研究所に小型研究用原子炉(IRT200)をソ連から導入して、核開発を本格化させた。冷戦後、体制崩壊の危機を迎えて核開発を始めたのではない。朝鮮戦争を戦っている最中に開始し、軍事や経済でも南北のバランスが北朝鮮に有利だった60年代に本格化させているのだ。
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■ 西岡力氏 昭和31(1956)年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。筑波大学大学院地域研究科東アジアコース修士課程修了。在ソウル日本大使館専門研究員などを歴任。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)会長。著書に『韓国分裂』(扶桑社)、『金賢姫からの手紙』『よくわかる慰安婦問題』(ともに草思社)、『朝日新聞「日本人への大罪」』(悟空出版)など多数。第30回正論大賞を受賞。