雑誌正論掲載論文
中国が尖閣・与那国を占領! そのとき… 人気漫画「空母いぶき」で考える決断と覚悟
2016年01月05日 03:00
元防衛大臣・衆議院議員 小野寺五典
元海将 伊藤俊幸
評論家・拓殖大学客員教授 潮匡人 月刊正論2月号
潮匡人氏(以下潮) 現在「ビッグコミック」(小学館)誌上で連載中の漫画『空母いぶき』(かわぐちかいじ作、協力・惠谷治)は単行本が2巻まで刊行され、大きな反響を集めています。近い将来、中国軍が尖閣・先島諸島に奇襲攻撃をかけて占領し、自衛官に戦死者が出て島民が人質になる中、最新鋭戦闘機F35Bを積んだ空母「いぶき」が先島諸島海域に向かう(F35Bは、実際に航空自衛隊への配備が決まっている第五世代ステルス戦闘機F35Aの垂直離着陸可能タイプ)。その過程で自衛隊の哨戒機が撃墜されたり、潜水艦に威嚇されたりと政府も自衛隊も次々と厳しい決断を迫られる─という物語です。まずは作品を読んでの感想から伺います。
小野寺五典氏(以下小野寺) あまりにリアルで驚きました。正直に言いまして、私が防衛大臣のとき(平成24年12月~26年9月)には、特に尖閣をめぐって中国と緊迫した局面がありました。海上自衛隊の護衛艦が射撃用のレーダーで照射されるなど、さまざまな威嚇行為がありました。そうした中で私たちが経験した緊張感を共有している、と思いました。
伊藤俊幸氏(以下伊藤) 船の中での群司令(艦隊司令官)を中心としたやり取りなどは、よく現場をご存じなんだな、という印象ですね。
潮 伊藤提督は元潜水艦乗りで、同じ作者の『沈黙の艦隊』もお読みになられたと思いますが、その評価を含め、やはり作者のかわぐちかいじさんはお分かりになっていると受け止められましたでしょうか。
伊藤 自衛隊にかなりの協力者がいるのだろうなと感じました(笑)。もちろんフィクションと実際の部分があり、われわれが見て「これは絶対ないよな」という描写や展開は当然ありますが、ストーリー全体としては面白い。我が国が置かれた安全保障環境の厳しさや防衛問題を知るきっかけとして、ぜひとも多くの方に読んでいただきたい作品ですね。
潮 「これはない」という箇所は、たとえばどこでしょう。
伊藤 元大臣も思われたでしょうけれど、この作品で中国軍が与那国島と多良間島を占領します。中国も日本の領土と認識している両島を取った段階で防衛出動です。
小野寺 そうです。あれは迷うことなく即、防衛出動です。フルスペックで防衛的な対応を取っても、国際的にも全く日本に非はありません。
伊藤 完全な武力攻撃事態です。
小野寺 ただ面白いなと思ったのは、政治家の判断の組み込み方ですね。作品中の総理は相当優秀な方です。海上警備行動(海警行動)のもっと先、防衛出動に本来すぐ行くのでしょうが、ただ外交的にどう考えたらいいかとか、アメリカとどう話をしたらいいかとか。最終的な腹のくくり方というものを持ちながら、その時々での判断の仕方、外交の仕方というのが1つ1つ出ています。ちょっと遅いなとは思いますが。
潮 そうですね。ただ、この平和ボケ日本なら、島を占領されても本当に海警行動で対処しかねない…と受け止めた読者も多いかと思われますが。
伊藤 そこは元大臣から説明があると思いますが、日本政府は意外にしっかりしているのですよ。
小野寺 防衛大臣だったときは、こういう事態にはどの命令を下令するかというのは常に総理と相談していて、事態が起きた時点で腹をくくります。海警行動というのはあくまでも警察権の範囲での話であり、領土を侵害されたとか、侵略を意図した行為だと判断した場合には防衛出動を下令します。下令に至るまでにはいろんなことに悩むと思いますが、ある一線を越えたら直ちに下令をして、しっかりとした態勢を取るように準備させるというのは、政治家で防衛大臣になったら誰もが迷わず行うことだと思います。
潮 単行本2巻の最後でようやく防衛出動下令ということになって、さすがに現実的に考えても少し遅い。ただ、読者を引きつけるためにはやむをえなかったのでしょう。いきなり防衛出動では、海警行動の場面や、最初の工作員らしき中国人が尖閣に上陸したという、武力攻撃の手前のいわゆるグレーゾーン事態についての対応が描けませんから。
しかし、政府の自衛隊法解釈でも組織的計画的な武力攻撃でなければ、武力攻撃事態、防衛出動の下令には当たりません。作品上のストーリーでは中国の一部の反乱分子かもしれないというセリフも総理からあって、それで防衛出動の下令がずるずると遅れたというところは、多少のリアリティーはあると思いました。実際の場面でも「組織的計画的な武力攻撃ではないかもしれない」との期待なり希望の下に防衛出動の発令が遅れる可能性はあるのでは。
小野寺 それはありえません。
伊藤 それはないですね。
小野寺 正確なお話をすると、作品中のように他国の軍が来てわが国の船に対して明確に攻撃があったと判断した場合、私どもとしては防衛出動について準備命令を出し、そして行動に移るという過程に入ります。この作品なら、中国側にすぐに外交的に明確な抗議をいたします。そのときに中国側が「これは何か現場の問題で、私どもとしてはそんなことはさせない」などの説明や謝罪があれば、組織的な行動ではなく現場の暴走なのだなということで、あとで外交で話し合いましょうということで済みます。しかし外交で明確な抗議をしても向こうから正確な反応がなければ、これはそういう意図なのだと解釈しても何の問題もありません。そのときはもう、防衛出動をただちに下令します。
ただ、下令してもすぐにフルスペックで動けるわけではありませんから、それなりに準備も必要になります。そういう意味では決断は早く行わないと、むしろ相手に間違ったメッセージを与えてしまいますので。
伊藤 相手にどう対処するのかを判断するのは、あくまで日本側です。作品中では中国の空挺部隊が降りてきて、ましてやレーダーを破壊されている。われわれにとっては武力攻撃事態であり、完全に防衛出動を下令できる事態です。潮さんのおっしゃる通り、ストーリー展開上、順番に対処レベルを上げていかざるを得なかったのだと思います。ただ本当にこの段階で海警行動しか発令されていないために指揮官たちが悩むというのは、まさにそうなのだろうと思います。
小野寺 そうですね。一番悩むところです。防衛出動の手前のグレーゾーンでは、海警行動という警察権の範囲ですので、下令をされた現場の自衛隊員は判断でかなり迷います。防衛出動になれば、相当のことはできますから。
伊藤 もちろん相手を排除します。
小野寺 迷うことなく相手を排除できるのですが、現場での判断がどういったものかを政治家はよく知った上で、現場が迷わずに済むよう、しっかりとした命令を出すことが必要です。
当然、海警行動においても、この場合にはこれをしていいという具合に、政治判断で部隊の行動基準を下令します。あくまでも自衛隊の動きは全て政治が判断するもので、いわゆるシビリアンコントロールが貫徹されていなければなりません。
伊藤 海警行動は今まで2回、出ています。能登半島沖の不審船事件(平成11年)と石垣島沖の潜没潜水艦事件(16年)ですね。あのときは大臣と現場はほとんど直結していたといって良い位、きちっとコントロールを受けながら行動していたということです。水上艦の利点は潜水艦と違って、大臣と直接電話ができることです。
小野寺 そうです。正直に言うと、時間的にはある事態が発生するかなり前からいろいろな情報が入ってきます。突然問題が起きて、さあどうするのか、ということはまずありません。かなり前からいろんな動きを察知して、数日前からこういうことがあるかもしれないとフォローしているわけです。報告は24時間来ています。国民の皆さんが思っている以上に、大臣には日ごろから色々なことが情報として入り、指示していると考えていただいていいと思います。
伊藤 海警行動は総理の承認を得て防衛大臣が命ずる行為ですから、特に能登半島沖の事案の際は本当に大臣と共に対処したということです。
小野寺 私の在任中も、大きな事案があったときには大臣は24時間待機で、大臣室に関係幹部が集まるようになっていました。もう少し緊迫しているときには作戦室で議論をしたこともあります。皆さんが思っている以上に政治はいろんなところに入っているわけです。
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■ 小野寺五典氏 昭和35(1960)年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科修了。東北福祉大学助教授などを経て平成9年、衆院初当選。外務副大臣などを歴任し、第2次安倍内閣で防衛相を務めた。
■ 伊藤俊幸氏 昭和33(1958)年生まれ。防衛大学校卒業後、海上自衛隊に入隊。潜水艦「はやしお」艦長、第2潜水隊司令、統合幕僚学校長、呉地方総監などを歴任し、2015年8月に退官。
■ 潮匡人氏 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学卒業後、航空自衛隊に入隊。長官官房などを経て3等空佐で退官。帝京大准教授などを歴任。『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』など著書多数。