雑誌正論掲載論文

世はこともなし? 第124回 「バカか」

2015年09月25日 03:00

コラムニスト・元産経新聞論説委員 石井英夫 月刊正論10月号

 NHK出身の名解説者池上彰さんが、このところ日経に「池上彰の大岡山通信/若者たちへ」というコラムを書いている。

 大岡山の東工大で講義をしており、その学生たちの意見を載せている7月27日付コラムを読んで、うれしくなった。「やるな、若いの!」と彼らの冷静で知的対応に、われとわがひざを叩いたのである。

 池上教授が講義でとりあげたのは、安倍内閣が提案した安保関連法案をめぐる衆院特別委での採決と民主主義のあり方である。講義の対象は東工大の1年生で、「衆院採決、どう思う?」という設問だったそうだ。

 池上さんが紙上で使ったのは学生AからIまでの9人。うち5人は大新聞の社説の受け売りだから省く。あと4人の意見はこうである。

 学生B「国民が選んだ政権の判断だから、強行採決ではない。ただ首相が国民を理解させる説明も足りなかった」

 学生C「自民党は憲法改正や安保政策の見直しを唱えてきた。その自民党を勝たせて政権を取らせたのだから、採決は仕方のない選択だ」

 学生D「自民は改革断行を訴えてきた。安保政策についてその姿勢を貫いた。むしろ国民の方の関心や意識の低さが問題だったのではないか」

 学生H「自民党はホームページでも、自らの政策を載せている。政府の説明不足というより、国民の勉強不足ではないだろうか」

 どうです、大人じゃありませんか。これが東工大1年生の意見ですよ。池上彰さんといえば、どちらかといえばリベラルっぽい人だと思ってきたが、教え子たちの平衡感覚は立派なものである。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられ、来年の参院選でこれら1年生も投票所へ行けるが、こういう若者たちにこそ日本の明日は託せると思ったことだった。

 それにひきかえといったらなんだが、学生を教える大学教授たちの硬直したステレオタイプの石頭意識は、何としたことだろう。

 以下、新聞や週刊誌にあらわれた法学者などの妄説を拾いあげてみよう。つまみ食いのようだが、いずれも活字として残されているのだから仕方がない。

 小林節慶大名誉教授「安倍総理は日本をアメリカと一緒に戦争できるような国にしようとしている。このままでは日本がアメリカの戦争に巻きこまれ、日の丸の制服を着た自衛隊が他国民を殺し、他国民に殺される危険性がある」(月刊日本6月号)

 山口二郎法大教授「安保法制にしても、安倍政権はペルシャ湾の機雷封鎖とか中国が攻めてくるといった妄想をあおり、アメリカに気に入られたいという願望のもとに進めている。軍事力強化でひともうけをたくらむ勢力が後ろについているのだろう」(東京新聞「本音のコラム」7月19日)

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■ コラムニスト・元産經新聞論説委員 石井英夫 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産経新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。