雑誌正論掲載論文
ここまでやるか! 中国のネット監視
2011年04月21日 02:58
慄く中国共産党
中国共産党が慄いている。中東で起こった民主化ドミノが自分たちをも呑みこんでしまうことに、である。(月刊正論5月号)
チュニジアの“ジャスミン革命”を模した「中国茉莉花(ジャスミン)革命」を標榜する民主化デモの呼びかけは、2月20日の第一弾以降、インターネットを通じて毎週日曜日の午後を“予告”して続けられているが、中国政府は警察官や武装警察を総動員し、徹底弾圧する姿勢を崩していない。4回目の日曜となる3月13日にも、44都市でのデモが呼びかけられたが、指定場所に展開した警官隊によってデモは完全に封じられた。
香港の人権団体「中国人権民主化運動ニュースセンター」の発表などによると、公安当局は民主化運動活動家100人以上を監視下においており、すでに著名な活動家数人を含む約10人を逮捕しているという。
中国政府がこれほどの過剰反応を示すのには、明確な理由がある。民主化の“空気”を少しでも許してしまえば、共産党一党独裁の基盤が、瞬く間に崩れてしまうことを理解しているからだ。
独裁体制とは、ほんのひと握りの特権階級が、民衆を一方的に支配する体制にほかならない。民衆に自由な発言を許せば、独裁は一時たりとも維持できないことは、二十数年前のソ連・東欧諸国の共産党支配の終焉や、今回のエジプト政変などが証明している。だから中国政府は、デモ弾圧のみならず、海外の民主化ドミノの情報が入らないように、中東情勢に関する情報の統制にも乗り出している。
北京在住の日本人駐在員が語る。
「エジプト情勢が緊迫化した1月末頃から、大手簡易ブログや検索サイトで『エジプト』というキーワード検索が使えなくなりました。3月5日に中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が開幕したのですが、その数日前から中東の民主化関連の報道が極端に少なくなり、新聞やテレビのニュースは全人代一色。11日に東日本大震災が起きたあとは、このニュースばかりになりました」
全人代は3月14日まで開かれたが、そこではインターネット統制を含む情報統制の強化が宣言された。全人代初日に公表された2011年度の公安関連予算も前年比14%増の6240億元と、国防予算を230億元も上回った。中国共産党の危機感が如実に表れているといえよう。
もっとも、中国政府はインターネット自体の普及には積極的だ。ネット統制政策を統括する国務院(内閣)の新聞弁公室網絡局は、昨年6月に初の『インターネット白書』を公表した。そこではネットの情報統制を強めるのと同時に、経済成長の牽引役としてネット活用を奨励する方針が明記された。ドメインを管理する中国インターネット・ネットワーク情報センター(中国互聯網絡信息中心/CNNIC)が今年1月19日に発表した『第27回・中国インターネット発展状況統計報告』によれば、中国のネットユーザーは昨年末時点ですでに4億5700万人に達している。
中国共産党はこうした巨大なネット空間をさらに押し広げようとしつつ、それを完全に当局の統制下に置こうとしているのである。
監視を競い合う政府機関
中国でネットの情報統制を統括している国務院新聞弁公室は、対外プロパガンダを担当する中国共産党中央対外宣伝弁公室と同一の機関であり、その上部機関である党中央宣伝部の指導下に置かれている。つまり、ネット言論統制の大方針はすべて、党中央宣伝部が決定するという仕組みになっているのだ。
現在、中国ではこうして党中央宣伝部の大方針の下で、新聞弁公室網絡局を中心に、さまざまな政府機関が競うようにネット監視を行っている。アメリカ政府の米中経済安全保障調査委員会が昨年11月に発表した最新版の年次報告書は、ネット検閲に関与している組織として、国務院の公安部、工業・情報化部(工業和信息化部)、商務部、文化部、教育部、国家新聞出版総署(国家版権局)、国家ラジオ映画テレビ総局(国家広播電影電視総局/通称・広電総局)、国家外国為替管理局、国家保密局(党中央保密委員会弁公室兼務)などが挙げられている。
なかでも実働部隊の中心となっているのは、公安部の公共信息網絡安全監察局、通称「ネット警察」(網絡警察)だ。ネット警察は反政府的なサイトの摘発や書き込みの削除などを担当しており、5万人とも10万人以上ともいわれるネット検閲官を配置しているとみられる。
ネット警察はサイト運営会社やプロバイダーに対して、特定の分野のトピックに関するニュースの禁止▽中国政府が望まない外国のウェブサイトへの接続の遮断▽禁止キーワード(敏感詞)を含む検索や電子メールの遮断▽掲示板、チャット、ブログ、ポータルサイトなどでの政府批判コメントの削除▽政府非公認の暗号ソフトを使用した通信の遮断▽要注意人物・組織のネット接続と通信の監視・遮断などを指導している。
ネット警察はまた、検閲のための秘密兵器として、非常に大規模な自動ネット検閲システム「金盾」を運営している。金盾は英語では「ゴールデン・シールド」、あるいは「グレート・ファイアウォール(オブ・チャイナ)」と通称されているが、後者は「万里の長城」の英訳「グレート・ウォール(オブ・チャイナ)」をもじったものだ。
金盾は1998年から開発がスタートし、2003年から部分的に運用が開始され、07年から09年にかけて大きくバージョン・アップした。特定のインターネット・サイトへのアクセスを遮断する根幹機能に加え、禁止キーワードを含む通信を遮断するシステムもある。ユーザーのサイト接続、検索、メールの傾向を分析し、自動的に要注意ユーザーを絞り込んでブロックをかけるシステムまで開発されているようだ。要注意人物・組織のネット活動の監視にも対応しているのである。
現在、中国国内からのアクセスを遮断されているサイトは、中東情勢に関するもの以外にも、チベット問題、ウイグル問題、あるいは法輪功や民主化運動、台湾問題などの政治的な反政府系サイトから、ネット百科事典ウィキペディアの中国語サイトのようなデータベース的なサイト、外国の民間メディアのニュースサイト、最近ではいま話題の内部告発サイト「ウィキリークス」まで、多岐に渡っている。(続きは月刊正論5月号でお読みください)
軍事ジャーナリスト 黒井文太郎
略歴 昭和38(1963)年、福島県生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は情報戦、各国情報機関の最新動向、国際テロ(とくにイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東・北朝鮮情勢、旧軍特務機関など。紛争地取材も多数。