雑誌正論掲載論文

領土は守れるのか 尖閣防衛は国境警備隊で

2011年05月02日 03:00

ただちに尖閣諸島に警察部隊を常駐させよ

 昨年9月、尖閣沖で中国の海上民兵らしき漁船が海保巡視船に体当たり攻撃を仕掛けてからというもの、我が国では領土・領海の防衛に関して「海保を充実させるべきである」「自衛隊を増強すべきである」「領域警備法を制定すべきである」「憲法を改正して軍隊を保有すべきである」等の議論が百出している。これに対し、沖縄返還協定締結四十周年の6月17日には、尖閣諸島の領有権を主張する中国大陸、香港、マカオ、台湾等の保釣運動団体が抗議船を尖閣諸島海域に集結させるように計画している。(月刊正論6月号

 この計画を承知した日本政府は、本年2月1日「尖閣諸島の領有権に関する独自の主張を行うことを目的として、同諸島周辺の我が国領海内への不法な侵入等を試みる外国人が乗り込んだ外国船舶に対しては、同諸島に関する我が国の一貫した立場に基づき、海上保安庁が関係省庁と連携しながら、情勢に応じて警備体制を強化するなどにより、当該船舶の領海内への侵入阻止、領海内に侵入した当該船舶の領海外への排除など、必要な警備を厳正かつ適切に実施する」と答弁している。

 政府は今もってこの答弁に関して目に見える対応策をとっていないが、目前に迫る尖閣諸島の危機的状況を考慮すれば、今は領土・領海に関する論争に巻き込まれて時間を割くことなく、すぐに出来ることから着手すべきである。それは、尖閣諸島の国有地化、「低潮線保全・拠点施設整備法」に基づく特定離島への指定、応急的な港湾や常駐施設の設置、石垣市職員・入国管理局職員・海保職員とこれを警護する沖縄県警の“常駐”である。この中でも最も優先すべきことは、不法入国者を現行犯逮捕できる最小限の人員、特に警察部隊を“常駐″させることだ。

 この際、警察部隊は警察比例の原則に則った迅速機敏な対応が可能なように、沖縄県警機動隊の他、機関拳銃や狙撃銃を装備した銃器対策部隊を派遣する必要があり、さらに所要の特殊部隊(SAT)を輸送ヘリとともに石垣島に待機させておくことになろう。この際、自衛隊はプレハブ施設や野外トイレ、その他の物資のヘリ空輸を支援する他は、直接表面に出てくることは無いだろう。

 間違っても、現段階では陸上自衛隊を尖閣諸島に直接配備するべきではない。さもないと、日本は国家としての面目が丸潰れになるだろう。戦後の日本が抱えてきた矛盾と欺瞞に満ちた防衛体制をさらけ出すことになるからだ。

陸上自衛隊を配備すべきでない2つの理由

 中国漁船が海保巡視船に衝突して以来、「早急に陸自を尖閣諸島に配備せよ」との声が上がっている。しかし、筆者は可能性と必要性の2つの理由からこの意見には賛同できない。まず、可能性から言えば、現行法制上から陸上自衛隊は尖閣諸島に派遣できないし、野戦部隊という組織の体質上、この組織が未来永劫「常駐」することはない。

 現状では領域警備任務も法制化されていないので、何らかの事態が発生する以前に陸上自衛隊が尖閣諸島に所在する根拠は「教育訓練」以外には無い。これでは、漁民に扮した海上民兵が上陸しても職務質問一つ出来ない。さらに、明らかな武装勢力が上陸しても治安出動か防衛出動命令が下令されるまで、現場指揮官の判断ではいかなる武力行使もできない。

 各隊員が個人の正当防衛・緊急避難や武器等防護のために必要最小限の武器使用ができるだけであり、これは軍隊組織でも何でもない。このように、「自衛隊法」が改正され、「領域警備法」が制定されて新たな任務が与えられない限り、尖閣にいる自衛官は、対馬の陸自部隊のように「離島警備訓練」を実施しているに過ぎない。現実に不法入国者や武装した海上民兵と遭遇しても何もできないのだから、隊員は見て見ぬふりをするしかない。全ての報告は「異状なし」以外は許されないことになる。

 これが武力紛争法など「国際法」を基準とし、事態に応じて常に実力を行使できる列国の軍隊ではなく、あくまで「国内法」を基準として実力を行使する“自衛隊″の悲しい性なのだ。それならば、むしろ防弾装甲車両や機関拳銃、狙撃銃などで武装した警察部隊を配置するほうが、現行法でも初動対処が可能であり、当面は国家としての格好が付く。

 近い将来に領域警備法が制定され、平時から陸上自衛隊に領域警備任務を付与して尖閣諸島に配備したとしても、あくまでもPKOや災害派遣のように、やがては撤収することを前提とした応急的な行動に過ぎず、国民が期待している「常駐」にはならないだろう。

 陸自の師団・旅団等の戦闘部隊は外国の正規軍と戦う「国土防衛」を前提にして編成された「野戦部隊」であり、恒常的な「警戒・監視」を主任務とした組織とは異なる。また、沿岸監視隊はあるが、これも「監視」できるだけで、「警戒」の能力は無い。つまり、陸自を大幅に改編しない限り、所詮は目的外の「流用」に過ぎないのである。

 次に、平時から「国境」に自衛隊という一見軍隊に見える組織を配置する必要もない。国境付近に軍隊が展開すると隣接国が侵攻を警戒して緊張状態を生み出しかねないので、各国は準軍事組織を配置して緩衝地帯としている。

 中国が尖閣付近に派遣しているのは、実態はどうあれ、その名称は「漁業監視船」「海洋調査船」である。また、正規軍どうしが対峙している朝鮮半島の38度線は、国境線ではなく「停戦ライン」である。このように、国境には軍隊を置かずに国境警備に適した別組織を置く。これが、世界の常識である。危機が迫るとはいえ、あくまでも今は「平時」であるから、日本も国境離島に配置するのは武装警察部隊でよい。(続きは月刊正論6月号でお読みください

日本兵法研究会会長 家村和幸

 略歴 昭和36(1961)年、神奈川県生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊に入隊。第10普通科連隊で陸士長まで務め、昭和57年に防衛大学校に進む。国際関係論を専攻。卒業後、中部方面総監部兵站幕僚、陸上幕僚監部留学担当幕僚、幹部学校戦術教官などを歴任。平成22年、二等陸佐で退官。著書に『真実の「日本戦史」』『名将に学ぶ世界の戦術』など。