雑誌正論掲載論文
難題としての中国 これがアメリカ当局者の本音だ
2011年10月11日 03:31
今年4月まで約20年間、対日外交を担当した元米国務省日本部長のケビン・メア氏が語る日本の安全保障の危機。東日本大震災時のアメリカの対応…。重大な問題提起に日本はどう応えるのか(月刊正論11月号)
「トモダチ作戦」の成功は対中抑止力
湯浅 対談の前にまず、東日本大震災で、人命救助や被災者支援、復旧活動にあたってくれたアメリカ軍の「トモダチ」作戦、そしてアメリカの皆さんのご支援に、日本国民として感謝したいと思います。
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「沖縄の人はゆすりとごまかしの名人」「怠惰でゴーヤーも栽培できない」と差別的な発言をしたとの共同通信の報道により、今年3月にアメリカ国務省の日本部長職を更迭されたケビン・メア氏。その直後に東日本大震災が起きると、国務省タスク・フォース(特別任務班)の調整官として約1カ月間、日本に対する支援を指揮し、その後国務省を退職した。メア氏は8月、国務省で対日外交・日米安全保障政策を担当した約30年間と東日本大震災時の経験、上記共同通信の報道への反論などをまとめた『決断できない日本』(文春新書)を出版した。本稿は、同著の出版にあわせたメア氏の来日時に行われた対談に、その後の情勢を加えて再構成した(共同通信の記事への反論は、前号をご覧ください)
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メア どういたしまして。
湯浅 約1万8000人の米兵に従事していただいた「トモダチ作戦」のおかげで、日本は救われました。そもそも日米安保条約には、災害被害に関する規定はありません。
2005年10月の「2プラス2」で出された「日米同盟:未来のための変革と再編」で、米軍と自衛隊の協力を向上させる分野として人道救援や復興支援を盛り込んでいますが、どちらかと言えば、第三国での災害を想定しています。アメリカ政府内で、日本を支援すべきかどうかという議論はなかったのですか。
メア アメリカでは政府も国民も、日本を助けるのは当たり前だと思っていました。地震後にホワイトハウス、国防総省、国務省の幹部が集まった会議で、支援の是非などそもそも議題になりませんでした。まず議論されたのは、どの部隊が最も早く被災地に駆けつけられるかということでした。そして、原子力空母「ロナルド・レーガン」を主力とする空母打撃群と、マレーシア方面で訓練中だった沖縄駐留の海兵隊と強襲揚陸艦「エセックス」を現地に向かわせたのです。
「トモダチ作戦」で、なぜ米軍があれだけ素早く現地での支援活動を行えたかといえば、米軍と自衛隊が常日頃から共同演習をしていたからです。このことは、「トモダチ作戦」の重要な教訓の一つです。もちろん軍事作戦の演習ですが、指揮統制やロジスティクス(兵站)の調整は災害派遣であっても同じです。大変役立ちました。
現在、日本周辺の安全保障情勢は、中国の際限のない軍備増強と、東シナ海、南シナ海での覇権的野心を隠そうとしない行動で、きわめて不安定になっています。そして中国は、今回の「トモダチ作戦」の成り行きを注視していたと思います。その意味で、自衛隊と米軍が非常にスムーズに共同作戦を展開して見せたことは、中国に対する大きな抑止力になったと思います。「トモダチ」作戦の目的は、あくまでも震災の被災者救援、被災地の復旧・復興でしたが。
湯浅 私はまず、マレーシアからわずか4~5日間で駆けつけたエセックスの機動性に驚きました。エセックスから発進した水陸両用艇が海中や海面にあるがれきなどを押しのけて陸に揚がり、支援物資を下ろす様子にも目を見張りましたが、日本は四方を海に囲まれ、島嶼部も無数にあるのに、このような機能をもつ船艇はありませんし、海兵隊のように海からアクセスする統合部隊もない。海上自衛隊の「おおすみ」型輸送艦などに搭載されたホバークラフトで陸に揚がることもできますが、水面に浮遊物がある場合はクラフトでは動けません。
メア そうした機動力自体が海兵隊の特徴であり、海兵隊の存在を重要ならしめています。軍事的な抑止力になるだけでなく、緊急人道支援にも適しています。陸軍の部隊は海兵隊ほど早くは動けません。沖縄の海兵隊の駐留が議論になるとき、はるかに人数の多い陸軍が韓国にいるから、沖縄に海兵隊は必要ないという人もいます。しかし、韓国のアメリカ陸軍には素早く展開する機動性がありません。
湯浅 やはり日本にはない米軍のC17という大型輸送機も被災地支援で威力を発揮しました。
メア 短距離で離着陸できますから。
湯浅 大量の物資を一気に運ぶこともできる。日本には、輸送力で数段劣るC130しかありません。なぜか。強襲揚陸艦のエセックスもそうですが、攻撃力だと見なされるからです。C17は自衛隊のトラック6台を積載できるが、C130は2台しか積めない。C17は敵地に大量の兵力を一気に送ることができる輸送機だから、「専守防衛」の日本にはそぐわないという馬鹿げた議論です。
メア C17は人道支援にも役に立ちますから、攻撃力、敵地突入能力だと限定して考えなくてもいいと思います。確かに自衛隊が突然、C17を100機も買うと言ったら、周辺国はみんな心配するでしょう。しかし、数機を導入するだけなら、攻撃のためではなく人道支援のためだと分かります。数の問題だと思います。かつて空中給油機の導入をめぐっても同じ議論がありました。導入すれば、戦闘機の航続距離がのびて敵地攻撃が可能になるから問題だというわけです。しかし、ハイチPKOという国際貢献活動や今回の東日本大震災で輸送機として活躍しています。
尖閣を、そして南西諸島を守れ
湯浅 メアさんがおっしゃるとおり、「トモダチ作戦」で日米同盟が極めて有効に機能したことが中国に対する抑止力として働くという点は、そのとおりだと思います。
ただ、今回、海兵隊は震災発生時、訓練でマレーシアに赴いていました。そして極めて迅速だったとはいえ、東北に駆けつけるのに4~5日間を要しています。仮に、中国軍によって攻め込まれた尖閣諸島に駆けつけるのに、それだけの時間を要するわけですね。この時間をどう考えるか。日本の自衛隊にも海兵隊的な能力があったほうがいいと思われませんか。
メア 海兵隊とまったく同じ能力が求められるかどうかは別の問題ですが、他国の侵略行為に独自に対応できるだけの能力は必要だと思います。ただ、クリントン国務長官は昨年、尖閣は、日米安全保障条約第5条(「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する…」)の適用対象になると、何回も明言しています。(他国に)占領された後でも適用対象であるとも言っています。
湯浅 それは心強く思っているところですが、気掛かりもあります。中国の正規軍が尖閣に侵攻してくれば、間違いなく日米安保は発動されるでしょう。しかし、例えば漁民に偽装した海上民兵のような部隊が上陸して占領されると、米軍がすぐに動くことは難しいのではないでしょうか。(続きは月刊正論11月号でお読みください)