雑誌正論掲載論文
暴走する大衆…そして悪夢は繰り返される
2012年02月01日 03:00
全国でブレーキがついていない自転車が暴走している。「ノーブレーキピスト」「ピストバイク」と呼ばれる競技用自転車に乗る若者が急激に増えているのだ。ブレーキの設置は道路交通法で義務付けられており、公道を走ることは許されない。死傷事故も発生しており、現在警察は取り締まりを強化している。(は月刊正論3月号)
ブレーキがきかないのは自転車だけではない。社会全体がブレーキがきかなくなっているのではないか?
東日本大震災以降、民主党の暴走はますます拍車がかかっている。誰もが仰天したのが、昨年9月の野田内閣の人事だろう。野田は「ノーサイド内閣」を謳っていたが、その実態はルールを知らない素人ばかりの「オフサイド内閣」だった。
防衛相になった一川保夫は、「(自分は)安全保障に関しては素人だが、これが本当のシビリアンコントロールだ」「防衛のみならず、あらゆる分野で国民的な感覚、一種の素人的な感覚でしっかりと対応したい」と妄言を吐いた。同年11月にはブータン国王を歓迎する宮中晩餐会を欠席し、民主党の高橋千秋議員の政治資金パーティーに参加。「こちらの方が大事だ」と発言している。普天間基地移設問題のきっかけとなった米兵少女暴行事件については「正確な中身を詳細には知らない」と答弁した。
世界が経済危機に直面する中、財務相には安住淳が選ばれた。財政政策についての実績も見識もまったくない素人である。この人事に敏感に反応したのは海外メディアだった。
「活発で単刀直入な49歳」「安住氏自身のウェブサイトを見る限りでは、円高よりも14人組のダンスボーカルユニットEXILEに詳しいようだ」(米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』)
「公式サイトから判断すると、EXILEが得意分野らしい」(英紙『インディペンデント』)
安住のあだ名は「ちびっこギャング」である。『週刊ポスト』(2011年9月30日号)によれば、安住は周囲に「俺は暴走族出身だからな」と言ってまわっているとのこと。
国家の中枢に「活発で単刀直入」な馬鹿が居座るようになってしまった。ブレーキがきかないまま公道を暴走し想定通りに事故を起こす。後述するように民主党は「社会のブレーキ」である各種セーフティーネットを破壊してきた。最終的にこうした動きは法と社会の崩壊に行き着くはずだ。
私は現代社会の病を考える上で「B層」というキーワードが役に立つと考えている。これは2005年の郵政選挙の際、自民党内閣府が広告会社「スリード」に作成させた企画書「郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略(案)」による概念であり、「マスコミ報道に流されやすい主婦・老人・低学歴の若者」を指す。より深部を読み取れば「近代的諸価値を妄信する馬鹿」ということになるだろう。
そういう意味では、民主党は「暴走族」というよりB層に支持された「B層族」なのである。
B層族の暴走
このB層が現在急拡大している。こうした社会においては、当然ながら政治家の支持基盤はB層となる。よって、B層に支持されたB層政治家が増えていく。マスコミにとって最大のタブー、企業にとって最大の顧客はB層になるので、B層に迎合したB層コンテンツが社会を席巻するようになる。それが新たなB層を生み出していく。
そこでは、あらゆる価値が混乱する。一流のものと三流のもの、玄人と素人、プロとアマチュア、本音と建前、専門家の意見と床屋政談、すべての境界が見失われた結果、どこにブレーキをかけていいのか分からなくなっているのが現在だ。
先日ある人から2つの質問を受けた。
「原子力発電の維持に賛成か? 反対か?」
「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加に賛成か? 反対か?」
私が「どっちでもないとどっちでもいいの中間です」と答えたら、彼は極めて不満気だったが、そもそも「賛成か? 反対か?」という質問が変なのである。小泉純一郎は郵政選挙の際「構造改革に賛成か? 反対か?」と迫ったが、それはまさに先述の広告会社が仕組んだ「B層を動員するための手法」だった。原発もTPPもプラスの面とマイナスの面がある。また、議論の大半は専門家が取り扱う領域だ。私のような原発問題やTPP問題の素人に質問しても意味がない。ところが、B層社会では意見を持たないことが不謹慎なこととされる。「誰もが関心をもっている国の一大事に、コメントのひとつも出せないのか」「そこらへんの主婦でも一家言持っている」というわけだ。たしかにニュースショーの街頭インタビューでは、新橋の酔っ払いが原発やTPPについて熱く語っている。
「自分はものすごく原子力に詳しい」と勘違いした菅直人は、福島第一原子力発電所の「ベント作業」を妨害し、民主党の原口一博はTPPについて次のようにツイッターで発言している。
「PTT参加表明の是非が問われている今、(中略)政府が賢明な判断をするよう求め続けています」
そもそも「PTT」って何?
ゲーテは「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない」と警告を発した。わからないことに口を出す幼児のような政治家が増えている。彼らの仕事は、流行りのトピックに食いつき、B層の反応を伺うことだけである。社会学者の中野剛志は「TPP亡国論」を唱えたが、私は「PTT亡国論」を唱えたい。(哲学者 適菜収=てきな・おさむ)
(続きは月刊正論3月号でお読みください)