雑誌正論掲載論文
世はこともなし? 第114回 騎馬民族の血
2014年11月25日 03:00
コラムニスト・元産経新聞論説委員 石井英夫 月刊正論12月号
秋深まりつつある一夜、東京・築地の台湾料理屋で舞の海さんと酒をくみ交わした。
舞の海さんは新しく『勝負脳の磨き方』(育鵬社)という本を上梓した。そのお祝いをしようと考えていた矢先に、向こうから会いたいという…。で、悪いが店の支払いをさせることになってしまった。
当然のことに、話は満員御礼がつづいた大相撲秋場所の隆盛のことになる。早速お尋ねした。
「逸ノ城はすごかった。ケタはずれの逸物ですね」
「彼はね、純粋のモンゴル遊牧民の子なんですよ」、舞の海さんもひざを乗りだして説明するのだった。
「白鵬や鶴竜は、モンゴル族といっても都会の子です。豊かな都市エリート層の出身なんだけど、逸ノ城は貧しい野生の草原児なんです。ハングリー精神の塊です。だから、強い」
そうか。同じモンゴル共和国人でも、別種か。いや、本来の純粋なモンゴル族か。本名アルタンホヤグ・イチンノロブ。少年時代はテント式住宅のゲルで暮らし、馬の生乳を日に2リットル飲み、20リットルの水の入ったバケツを川からゲルに運び、それが体を鍛えた。21歳、192センチ、199キロの巨体が、次々に大関や横綱を倒すさまは目を見張るばかりだった。
私こと老蛙生も、ゲルに泊まったことがある。20年ほど前だ。モンゴル共和国と隣接する中国・内モンゴル自治区を旅し、そのオルドス草原のゲルに2泊した。勇壮なナーダム(民族祭)大会で、屈強な男たちが制限時間なしで戦い続けるモンゴル相撲や、鮮やかな手綱さばきで草原に馬を疾駆させる騎乗を見た。
ゲルは羊毛で作った白いフェルトを巻くモンゴル族のテントである。岩塩で煮た羊肉の夕食をとり、酒精度60度の白酒と馬乳酒を飲み、したたかに酔ってゲルのなかで寝た。翌朝、目ざめると酒の匂いがゲル中に立ちこめており、その匂いでまた酔っぱらった。
司馬遼太郎氏の少年の日のあこがれは、広大なモンゴルの草原に立つことだった。万里の長城の向こうにいる塞北(さいほく)の騎馬民族が対象だったという。
『街道をゆく』シリーズの5『モンゴル紀行』のなかで「匈奴は騎馬人である」と書いている。
「匈奴というモンゴル高原の騎馬民族が、中国の史書に出現するのは、紀元前三一八年である。その後百年ほどして匈奴帝国が樹立し、南下して漢民族の地を侵した」
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■ コラムニスト・元産經新聞論説委員 石井英夫 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産経新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。