雑誌正論掲載論文
崩れゆく《知のブランド》 それでも入試に朝日を使いますか?
2014年10月15日 03:00
評論家・拓殖大学客員教授 潮匡人 正論11月号
最後のウリ「大学受験に効く」
女子高生姿のタレントがこう語る。
「受験生なら知ってるよね。大学入試には朝日新聞を読むのがいいってこと。読解力、時事力、文章力も……。力がつく、だから読む。朝日新聞、始めどき」
見てのとおり、朝日新聞のCMである。以下の別バージョンもある。
「受験生なら知ってるよね。5月から9月の朝日新聞が大学入試によく出るってこと。天声人語も社説も。入試によく出る朝日新聞。今が読みどき」
たしかに「五月から九月の朝日新聞が大学入試によく出る」。だから、この夏、街には朝日新聞の広告があふれた。9月現在なお、都内のターミナル駅では、大きなポスターが目につく。流行語「今でしょ」の生みの親で知られる予備校講師タレントの林修氏が白衣を着て写っている。コピーはこうだ。
「大学受験に効く新聞、処方します。」
もちろん、林氏の手には「朝日新聞」が握られている。林氏だけではない。全国の中学高校の教師、塾や予備校の講師が口を揃えて朝日新聞を推す。なぜ読売でも、日経でも、産経でも、毎日でもなく、朝日なのか。その答えは、ポスターで宣伝されている。
「2014年大学入試 出題数No.1 朝日新聞」「242校 437問題 473記事」
今年の大学入試でも朝日新聞からの出題が「大学数、問題数、記事数」とも一位。入試における・三冠王・というわけである。
本年度の出題実績(記事数率)で他の全国紙と比較すると、朝日新聞の51%に対して、日本経済新聞18%、読売新聞15%、毎日新聞14%、産経新聞2%。
朝日新聞が自らの公式サイトで自画自賛するとおり「他紙の追随を許さない圧倒的に大学入試に効く新聞」である。この事実は朝日にとり、受験生(と保護者)に対する最強かつ最後のウリ(営業ポイント)と評してよい。その広告塔が林修氏というわけである。
サイトの営業手法は巧妙である。「がんばれ! 受験生!!」と題しながら、「出題実績ダントツNO1」「朝日新聞のココが出た!」「この大学で出た!」とアピールに余念がない。あっさり言えば、恥も外聞もない。
広く報道されたとおり9月11日、朝日新聞社は木村伊量社長が辞任を示唆する会見を開いたが、翌日付朝刊一面でも「みなさまに深くおわびします」と題し、こう述べた。
「わたしたちは今回の事態を大きな教訓としつつ、さまざまなご意見やご批判に謙虚に耳を澄まします。そして初心に帰って、何よりも記事の正確さを重んじる報道姿勢を再構築いたします。そうした弊社の今後の取り組みを厳しく見守って頂きますよう、みなさまにお願い申し上げます」
私はこれまで朝日新聞の報道姿勢を厳しく見守りながら、意見や批判を述べてきたが、朝日が謙虚に耳を澄ましたことはなかった。この拙稿で言っていることは、私が十数年来、指摘してきたことであり、冒頭のCMを含め、それらをアップデートしたに過ぎない。共著『メディアの迷走』(中公新書ラクレ)でも指摘したことだが、朝日は一度も耳を傾けなかった。
同書では、安倍晋三氏(当時は自民党幹事長代理)も、朝日の慰安婦報道を「まったくのでっちあげ」、「見事なまでの論理のすりかえ」と批判した。私はともかく、後に総理大臣となる有力政治家の批判も、朝日は真摯に聞こうとしなかったのである。それどころか、第一次政権誕生前から安倍バッシング報道を続けている。
今回の「おわび」が、どこまで本気なのかは知らない。ただ、過去の「虚偽」報道を検証したり、社長が「おわび」を表明したりする一方で白昼堂々、右のCMを流し、至るところに広告を掲載しているのだ。
受験用アプリから出前授業まで
朝日は、いまも公式サイトで「新聞活用法」をこう説く。「驚きの出典率『天声人語』を読む、書き写す」。「5校に1校が使っている驚異的な出典率」と看板コラム「天声人語」を宣伝する。抜かりなく合格体験記も添えている。
「高校の先生に、受験するなら朝日を読んだほうがいいって言われて、実は、しぶしぶ始めたんです。でも、読んでよかった!」
別のウインドウでも「天声人語も読んで参考にしていました」と語る東京大学の女子学生や、「小論文対策のために、天声人語を読みました」と語る東京大学の男子学生の声を紹介する。実際、今年も東京大学や大阪大学で「天声人語」から入試問題が出題された。
冒頭のCMが語るとおり「天声人語」以外では「社説」(とオピニオン欄)からの出題率が高い。朝日公式サイトでも、名古屋大学の女子学生が「新聞は、社説をしっかり読むようにしていました」と語る。その名古屋大学を含め、お茶の水女子大学や早稲田大学、上智大学など、全国の大学入試で今年も朝日新聞から出題された。
なぜ、そうなるのか。その答えも朝日公式サイトが明かす。「大学学長の購読新聞(2008年朝日新聞社調べ)」と題し、グラフを掲げて、こう説明する。
「グラフの通り、調査対象の6割に近い大学学長が朝日新聞を購読しています。この調査結果から、いかに朝日新聞が意識の高い教育関係者に支持されているかがわかります」
端的に、こう説明する販売店(ASA)もある。
「大学の出題委員が朝日新聞の読者であることが多いことが一番の要因であると考えられます」
事実そのとおりであろう。皮肉なことに、「池上彰さんから学ぼう」と題して、池上氏の朝日連載コラム「新聞ななめ読み」をウリにしている販売店もある。その「池上氏のコラムを闇に葬ろうとし」、「『言論機関』としての朝日新聞は死んだ」(「週刊文春」九月十八日号)にもかかわらず。
言論機関としては死亡宣告を受けたが、大学入試に効く新聞としては、今も元気に大宣伝中である。販売店では、朝日の購読者限定で、受験対策用の「パワーシートを無料配布中」。七月二十三日には、スマートフォンなどで大学受験の勉強ができるサービス「アプケン」も始めた。「現代国語は『天声人語』のテキストも活用。英語の発音や数学、社会、理科の問題を中心に、プロの講師によるわかりやすい動画解説があり、理解を深めることができる」らしい。
それだけではない。朝日公式サイトでは堂々と「出前授業」も宣伝中である。
「朝日新聞社の社員が小、中、高校の教室に出向いて、基本的な新聞の読み方や活用法、新聞記者の仕事などについてお話しします」
朝日の記者が、朝日の記事を使って、朝日の社員として授業する。どんな内容の授業になるか、想像に難くない。
たとえば反戦平和であろう。事実この夏、朝日新聞社は「子どもたちが戦争について知るきっかけに」と、教材「知る原爆」と「知る沖縄戦」を希望する学校に無償配布した。前者は『はだしのゲン』原作者へのインタビューなどを、後者は「集団自決」などを取り扱っている。
以上のように、教育現場における朝日新聞の影響力は今も衰えていない。言論機関ないし報道機関としての朝日新聞は「死んだ」に等しいが、「大学受験に効く新聞」としての朝日は違う。昔から変わらず健在である。
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潮匡人氏 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学法学部卒業。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。大学院研修(早大院法学研究科博士前期課程修了)、航空総隊司令部、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。防衛庁広報誌編集長、帝京大学准教授などを歴任。安全保障のほか、メディア批判にも定評がある。東海大学海洋学部非常勤講師。著書に『常識としての軍事学』(中公新書ラクレ)『メディアの迷走』(共著、同)など多数。最新刊は『日本人が知らない安全保障学』(同)。