雑誌正論掲載論文
女性も「育児より働け」法案に異議あり
2014年07月05日 03:00
麗澤大学教授 八木秀次 月刊正論8月号
女性は働き育児は外国人メイド
政府は6月16日、アベノミクスの「第三の矢」に当たる成長戦略の素案を発表し、まもなく閣議決定される。「『日本再興戦略』の改訂について(素案)」と題された文書は、昨年6月14日に発表された「日本再興戦略―JAPAN is BACK」の文字通りの改訂版である。今後の我が国の経済成長に必要な具体的な施策が網羅され、評価すべき点も多いが、気になる箇所もある。
特に「女性の更なる活躍促進」として「女性の働き方に中立的な税・社会保障制度等への見直し」を掲げ、明示はしていないが配偶者控除・同特別控除の見直しを求め、専業主婦の国民年金第三号被保険者制度、配偶者手当の見直しを検討するとしていることである。
素案はさらに、昨年の成長戦略で示された「『2020年に指導的地位に占める女性の割合30%』の実現に向けて、女性の登用に関する国・地方自治体、民間企業の目標・行動計画の策定、女性の登用に積極的な企業へのインセンティブ付与等を内容とする新法を制定する」とし、「今年度中に結論、次期通常国会への法案提出を目指す」としている。ここでいう「新法」とは、今年の通常国会の会期末直前に議員提案された「女性が活躍できる社会環境の整備の総合的かつ集中的な推進に関する法律案」を指す。法律案は税制、社会保障等の見直しを含む、女性の活躍を促進するための「基本法」とでもいうべき性格のものであるが、問題が多い。これについては後述する。
更に成長戦略は「女性の活躍促進」のために「まずは国家戦略特区において、地方自治体による一定の管理体制の下、日本人の家事支援を目的とする場合も含め、家事支援サービスを提供する企業に雇用される外国人家事支援人材の入国・在留が可能となるよう、検討を進め、速やかに所要の措置を講ずる」としていることである。
今年の成長戦略は次のような問題意識を提起している。
「人口減少社会への突入を前に、女性や高齢者が働きやすく、また、意欲と能力のある若者が将来に希望が持てるような環境を作ることで、いかにして労働力人口を維持し、また労働生産性を上げていけるかどうかが、日本が成長を持続していけるかどうかの鍵を握っている」「とりわけ我が国最大の潜在力である『女性の力』を最大限発揮できるようにすることは、人材の確保にとどまらず、企業活動、行政、地域などの現場に多様な価値観や創意工夫をもたらし、家庭や地域の価値を大切にしつつ社会全体に活力を与えることにもつながるものである」
私はこれについて異存はない。確かに人口減少、とりわけ労働力人口の減少は深刻であり、移民政策の導入までが大真面目に議論される事態になっている。しかし、我が国の社会構造や国柄を変えかねない移民政策には慎重であるべきであり、まずは現有の日本国民でもって労働力人口を確保していくしかない。あるいは、労働力人口が減少する中でも、一人ひとりの能力を高めることによって労働生産性を上げていくことも考えられる。安倍内閣が進めている「教育再生」は教育にその機能を期待し、一人ひとりの能力を高めることを目指している。それだけに「女性の力」を質の高い労働力として期待することに基本的には異存はない。
しかし、女性を労働力としてしか見なさず、性急に社会に駆り出すことは、移民政策と同様に我が国の社会構造を変えることになりはしないか。また、特に女性の子育てへの関わりを減らすことが子供の生育に影響を与えはしないか。引いては国民の質の低下に繋がりはしないか。成長戦略は「家庭や地域の価値を大切にしつつ」と述べているが、その言葉に逆行するのではないか。そのような懸念がある。まして、「女性(日本国民)の活躍促進」のためと称して家事労働や育児の負担軽減のために「外国人家事支援人材」すなわち外国人メイドを受け入れるとすることは、我が国の家庭生活や育児のあり方を大きく変えかねず、慎重な対応が必要である。
以上は、今年の成長戦略に掲げられている内容についてだが、これらの施策を推進するための法的な措置が前掲の「女性が活躍できる社会環境の整備の総合的かつ集中的な推進に関する法律案」の制定である。両者はセットであり、法律が制定されれば、法的根拠を得て、成長戦略に掲げられている施策は一気に実現されるということになる。
この法律の「目的」について法案は「男女がそれぞれ自己の希望を実現し豊かな人生を送ることができるようにするとともに、社会の担い手の確保並びに多様な人材の活用及び登用により我が国の経済社会の持続的な発展を図るためには、職業生活その他の社会生活との両立が図られること及び社会のあらゆる分野における意思決定の過程に女性が参画すること等を通じて、女性がその有する能力を最大限に発揮できるようにすることが重要…」(第1条)と述べている。
そして「女性が活躍できる社会環境の整備」について「妊娠、出産、育児、介護等を理由として退職を余儀なくされることがないようにするための雇用環境の整備の推進及びそれらを理由として退職した者の円滑な再就職の促進等を行うことにより女性の就業率の向上を図る」とし、「社会のあらゆる分野における指導的地位にある者に占める女性の割合の増加を図(る)」(第2条2号)としている。
前者は女性が妊娠、出産、育児、介護等に関わらず働き続ける社会の構築を予定しているということであり、後者は、成長戦略と同じだが、「政府は、2020年(平成32年)までに社会のあらゆる分野における指導的地位にある者に占める女性の割合を3割とすることを目指し」とし、平成32年(2020)までを集中実施期間とした上で、国及び地方公共団体並びに事業者は、職員・社員の採用、配置、昇進の現状を把握・分析し、指導的地位へ女性を登用する目標・計画を策定、更に情報公開する等の「積極的改善措置」(ポジティブ・アクション)を取ることを求めている(第10条3号)。
「指導者の3割は女性」へ強権で企業を兵糧攻め
「事業者の事業の規模等に配慮しつつ」との留保条件が付いてはいるが、例外的措置に過ぎない。なぜなら、国または地方公共団体が物品及び役務の調達または補助金を交付するに当たっては、事業者による積極的改善措置等の実施の状況について報告を求め(第10条5号)、積極的改善措置等の実施を推進する事業者の受注の機会の増大を図るよう努めるとしているからである。2020年までに女性を役員、管理職、高度の専門性が求められる職業その他の「指導的地位」に3割以上就ける現実的な計画がなければ、公共事業を受注したり、補助金が支給されたりすることもないということである。いわば兵糧攻め、経済制裁によって何が何でも3割を達成させるということである。
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■ 八木秀次氏 昭和37(1962)年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業。同大学院政治学研究科博士課程中退。専攻は憲法学、思想史。著書に『憲法改正がなぜ必要か』(PHPパブリッシング)など多数。