雑誌正論掲載論文

左翼媒体と堕した進歩派マスコミ

2013年12月27日 03:00

評論家 潮匡人 月刊正論2月号

「諸君の成功は公表されない。しかし、失敗は喧伝される」─かつてCIA本部庁舎の落成式でケネディ大統領がこう述べた(フリーマントル『CIA』新潮選書)。前任者のアイゼンハワーも、同じ庁舎の定礎式でこう述べた。「成功は喧伝できないし、失敗は釈明できない。諜報機関の仕事では勲章は授けられず、たたえられることもない」(ワイナー『CIA秘録』文藝春秋)。

 古今東西、インテリジェンスの世界は秘密のヴェールで覆われている。ただ、CIAとて完全無欠ではない。いくどもヴェールが剥がれてきた。スノーデン元職員による機密漏洩事件は記憶に新しい。

 アメリカには、防諜法ないしスパイ防止法とでも訳すべき連邦法があり(Espionage Act・合衆国法典18編)、機密漏洩には死刑を含む刑罰を定めている。それでも漏洩が起きる。秘密の保護は容易でない。

 12月6日深夜、参議院本会議で特定秘密保護法が可決成立した。こうした法律がこれまでなかったことが不思議である。しかもこの法律は、国会公務員法改正とでも評すべき内容であり、スパイ防止法の類いではない。最高刑も懲役10年に留まり、死刑はおろか無期懲役にもならない。多くの判決が執行猶予となろう。実刑判決が確定しても、どうせ数年で仮釈放される。こんな緩い法律で、本当に特定秘密を保護できるのか。そうした疑問すら生じる。今後、新たにスパイ防止法を整備すべきではないのか。

 だが、日本のマスコミは、そう考えない。みな「民主主義が死ぬ、戦争になる」などと挙って反対した。12月8日も、TBSテレビの「時事放談」で、与謝野馨元財務大臣が「スパイ防止法の流れを汲んでいるから嫌だ」と放言した。私は、最期までスパイ防止法の制定を訴えた警察官僚(弘津恭輔)の親族として公私とも理解に苦しむ。以下は法案に反対や懸念を表明した著名なマスコミ人の顔ぶれである。

 永六輔、江川紹子、大沢悠里、大谷昭宏、小川和久、荻原博子、金平茂紀、鎌田慧、川村晃司、岸井成格、佐高信、佐野眞一、澤地久枝、高野孟、田勢康弘、田原総一朗、津田大介、鳥越俊太郎、二木啓孝、堀潤、森達也、吉岡忍、吉永みち子(敬称略・毎日新聞サイト参照)。

 ご覧のとおり、お馴染みのテレビ人が勢ぞろい。事実、どのチャンネルも反対や懸念の声であふれた。東京キー局で支持賛成したキャスターが一人でもいただろうか。テレビ常連のリベラル左派学者に加え、以下の有名人も反対や懸念の声をあげた。

 大竹しのぶ、菅原文太、野際陽子、倍賞千恵子、吉永小百合、井筒和幸、大林宣彦、是枝裕和、崔洋一、周防正行、高畑勲、降旗康男、宮崎駿、山田洋次、山本晋也、小山内美江子、鴻上尚史、橋本忍、平田オリザ、山田太一、坂本龍一、高橋幸宏、なかにし礼、湯川れい子、浅田次郎、椎名誠、瀬戸内寂聴、村上龍(同前)。

 以上の声を伝えたのもマスコミである。マスコミ人が反対の声をあげ、不安を煽った。世論形成に与えた影響は計り知れない。放送法は「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(第四条)を求めているが、そうした番組を見た記憶がない。前掲のとおり各局の執行役員から解説委員、看板キャスターらが勢ぞろいなのだ。ここで個々の番組を検証するまでもなかろう。

 他方、NHKの現職職員は先のリストに名がない。ならばNHKは潔白か。

NHKはこうして世論誘導する

 民放同様、NHKもニュース番組などで連日連夜、法案を取り上げた。問題は、その報道姿勢ないし編集方針である。番組で毎日毎夜、反対集会の模様や、前掲著名人らの声を紹介した。事実そうした集会や声はあった。捏造とは言わない。問題は「できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を怠った点にある。さらに言えば、法案自体きちんと報じなかった。一例を挙げよう。

 11月21日総合テレビ放送の「ニュースウオッチ9」が反対集会を詳報しながら、参加者の反対意見や、国会参考人らの反対論を伝えた。以上に時間を割いた上で、看板キャスターがこうコメントした。

「根強い反対論に加え、世論調査によれば、法案の内容が国民に周知されていない」

 ならば、周知に努めるのが公共放送であるNHKの使命ではないのか。反対集会を詳報する時間はあっても、法案の内容を国民に伝える時間はないのか。番組中、法案の説明もなければ、必要性を説く解説もなかった。

 12月4日放送のラジオ第一「私も一言 夕方ニュース」も違法性が濃い。

「きょうの焦点」は「特定秘密保護法案 攻防緊迫化」。特集も「特定秘密保護法案 いま考えるべき課題は?」。問題は出演ゲストだ。

 柳澤協二・元内閣官房副長官補と、孫崎享・元外務省国際情報局長の2人。前者は旧防衛庁で私の直属上司、後者は拙著『「反米論」は百害あって一利なし』(PHP研究室)で指弾した論敵。よく存じ上げているが、両者とも法案に反対していた。

 要は、番組ゲストを反対陣営で固めたわけである。それが適切か、論じるまでもない。他日、番組に賛成論者を招いたなら、バランスをとったと認める余地もあろう。だが、そうした事実はない。前後の日程に出演したのはNHK解説委員。賛成派は起用せず、いっけん中立の解説委員と露骨な反対派でゲストを埋めた。ちなみに番組が「皆さんからいただいた意見」には「国会を包囲し、安倍政権を退陣に追い込もう」との「意見」もあった。まるで倒閣運動ではないか。公共放送の体をなしていない。

 NHKにして、この有り様。民放の札付き左派番組は推して知るべし。以下、新聞を検証しよう。

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■ 潮匡人氏 昭和35(1960)年生まれ。早大同大学院法学研究科博士前期課程修了。元3等空佐。聖学院大学専任講師、防衛庁広報誌編集長、帝京大学准教授などを歴任。拓殖大学(日本文化研究所)客員教授。「国家基本問題研究所」客員研究員。「岡崎研究所」特別研究員。『常識としての軍事学』(中公新書ラクレ)、『日本人として読んでおきたい保守の名著』(PHP新書)など著書多数。新刊共著『日本を嵌める人々』(PHP研究所)も話題。