雑誌正論掲載論文
揺らぐアメリカ 急がれる核武装の現実的方法論
2013年11月05日 03:00
評論家 宮崎正弘 月刊正論12月号
「世界の警察官」から脱落
ついに怖れてきた事態が発生した。
10月1日、米国連邦議会が暫定予算案を否決したため行政機関の一部が機能停止となり、200万人の連邦政府職員のうち80万人が自宅待機という未曾有の状況に陥落した。航空管制などをのぞきスミソニアン博物館やグランドキャニオン、ヨセミテ公園、自由の女神の観覧ができなくなり世界各地でもビザの発行に支障が出た。
つまり米国の行政の一部が麻痺状態となったのだ。これは国家安全保障に直結し、げんにNSA(国家安全保障局)の一部門の職員にも自宅待機措置が取られた。軍事防衛情報の収集分析にも遅れが出たという異常事態である。
軍事同盟を結ぶ日本としても、単にマーケットや米国国内政治レベルではなく、国家安全保障に連動する重大事態である。
最大の原因はオバマ大統領の資質、そのリーダーシップの希薄さに求められる。加瀬英明氏は「オバマは歴代大統領のなかで最低ランク」と評価が厳しい。
オバマ政権は以前から国防費の大幅削減を主唱してきたが、向こう5年間でおよそ1兆ドルを削減すると言っている。そうなればF35などの新兵器開発が決定的に遅れる。いやそればかりではない。日本を守る在日米軍と第七艦隊の維持が不可能となる日がくる。予想より早く、日米安保条約の破局がやってくるかも知れない。
第七艦隊が維持できなくなれば太平洋を誰が支配することになるのか?
政権発足当時、オバマ大統領はイラクからの撤退を明言したが、一方では「アフガニスタン戦争は正しい戦争」と頓珍漢な論理で巨大な軍隊をイラクからアフガニスタン周辺、とりわけパキスタンと海兵隊をキルギスへ横滑りさせた。タリバンとの戦闘が長引いて疲労が濃くなると、予定していたカンダハル総攻撃をうやむやにして逃げの姿勢に入った。
化学兵器問題ではいきり立って一度は公言したシリア空爆はドタキャン。
こうみてくるとオバマ政権の米国に日本を守る強固な意志があるとは思えず、ましてや「核の傘」が機能しているなどとは考えない方が良いのではないだろうか。
オバマ大統領は予算連続否決という最悪の状況を打開するためにインドネシアのAPEC首脳会議とブルネイのアセアン拡大会議ならびにアジア・サミットを欠席した。米国の不在を衝いて中国が高圧的態度に出た。
連邦議会の予算審議の乱戦、一部政府機能が停止され、大混乱はおさまらず、次に予測されたのが10月17日期限の赤字国債上限枠拡大が否決されたらどうなるかという恐怖のシナリオの想定だった。
米国は事実上のデフォルトにいたり、つまり世界最強国家の財政が破綻する。米国債を大量にかかえる日本と中国が最悪の被害を受けることになるが、日本は「そんなことあり得ない」と楽観的だった。
10月12日ワシントンで開催されたG20で「デフォルト懸念」が表明され「米国は緊急の行動を取る必要がある」と明記されたため、デフォルトは当面、回避されるだろう。世界金融が大打撃を受け、システムが混乱するばかりか、通貨投機からゴールドなどへ換物投機、さらには原油、ダイヤなど商品投機へと至り、世界は高金利、インフレに襲われるのだから。
それでもなお連邦議会共和党がオバマ予算を連続的に拒否しつづけた理由は、オバマの提案内容がかなりの程度に出鱈目、かつ高圧的で、「オバマケア」をなんとしても議会で通過させ、他の予算を削減してもやむなしという姿勢に終始しているからだ。とりわけ国防予算が目も当てられない惨状に陥ることへの危機感が強い。米国ばかりか同盟国の安全保障は近未来に確実に危殆に瀕することになる。
いずれにしても米国の衰退は明瞭であり、日本は防衛に関していよいよ正念場を迎える。憲法改正や集団的安全保障などという論議は些末のイシューとなり、自主防衛、自立的防衛体制の構築が急がれることになる。
げんに尖閣諸島の防衛に関して、米国が繰り返し言っている中身は「日本の施政権が及んでいるのは現実であり、この現状を変えることには反対だが、尖閣の帰属に関しては米国は関与しない」(ケリー国務長官もキャロライン・ケネディ新駐日大使も口を揃えてこう発言している)。
その場合、日本を守るのは究極的に日本だけであり米国が日本を守るという約束は空証文化する懼れが高くなるだろう。
かくて未曾有の危機が目の前にあるというのに日本の防衛議論は完全に時代遅れ、いまもメンタリティーのどこかに米国への甘え、依存気分が濃厚に残っている。10月3日の日米外務防衛担当安保委員会(2+2)も、中国の海洋進出を批判し「国際規範遵守」を促したのみ、まったく気迫が足りない。
在日米軍完全撤退、日米安保条約の廃棄という近未来のシナリオに日本はいつまでも目を背けてはおられまい。
村松剛氏は、『保護領国家日本の運命』(PHP研究所)のなかで「光はつねに陰の部分をつきまとう。アメリカのさしかける傘の下で40年以上をすごしてきた結果、国際社会を生き抜いていくうえで当然求められる緊張感が、この国ではみごとなほどに失われた。片務条約を結んで他国の一方的な庇護下に生きるということは、自分を相手の保護領としてしまうことに等しい」と指摘した。
そのうえでクウェートと戦後日本を比喩した。クウェートはイラクに侵攻されると指導者がサウジとエジプトへ逃げ、奪回の軍事作戦は米英主導の多国籍軍が取った。保護領だからである。日本はクウェートのような保護領に甘んじているのである。
西尾幹二氏はこの思考停止状況を次のように比喩した。
「そもそも原爆を落とされた国が落とした国に向かってすがりついて生きている」日本は「病理にどっぷり浸かってしまっていて、苦痛にも思わなくなっている。この日本人の姿を、痛さとして自覚し、はっきり知ることがすべての出発点、何とかして立ち上がる出発点ではないか」(『憂国のリアリズム』、ビジネス社)。
続きは正論12月号でお読みください。
■ 宮崎正弘氏 昭和21(1946)年、金沢生まれ。早稲田大学英文科中退。日本学生新聞編集長などを経て、昭和57年、『もう一つの資源戦争』(講談社)で論壇へ。中国ウオッチャーとして活躍。著書に『中国が日本人の財産を奪いつくす!』(徳間書店)、『習近平が仕掛ける尖閣戦争』(並木書房)、『出身地を知らなければ、中国人は分らない』(ワック)など多数。近著は『黒田官兵衛の情報学』(晋遊舎新書)。