雑誌正論掲載論文
憲法を国民の手に─96条改正はその第一歩
2013年07月15日 03:00
日本大学教授 百地章 月刊正論8月号
「日本を、取り戻す」をスローガンに掲げ、先の総選挙で大勝した安倍晋三政権の最終的な目的が、憲法改正にあることは間違いない。首相就任直後に上梓された『新しい国へ』の中でも、安倍首相は「日本を、取り戻す」とは、「単に民主党政権から日本を取り戻すという意味ではありません。敢えて言うなら、これは戦後の歴史から、日本という国を日本国民の手に取り戻す戦いであります」と断言しているからである。
そして就任後も、安倍首相は繰り返し憲法改正の必要性を訴えてきたが、そのような中でにわかに注目を浴び始めたのが「憲法96条改正論」であった。首相は1月の国会で96条の先行改正に言及し、古屋圭司国家公安委員長を会長とする超党派の国会議員連盟「96条改正議連」も、総選挙後、350名にまで膨れ上がった。野党でも、3月には民主党、日本維新の会それにみんなの党を加えた「憲法96条研究会」(呼びかけ人・渡辺周衆議院議員ら)が始動している。
他方、各種世論調査でも96条改正は国民の支持を集め、例えば4月9日のNHKの調査では、賛成が28%、反対が24%と賛成の方が多かったし、4月20日の読売新聞の調査でも、賛成が42%、反対が42%と拮抗していた。
96条改正反対論の巻き返し
ところが、このような動きに危機感を抱いた護憲派が巻き返しにかかり、新聞・テレビの護憲派メディアが一斉に96条改正反対論を唱え出した。そのきっかけとなったのが、4月9日付毎日新聞(夕刊)の小林論文(小林節「憲法96条改正に異論あり」)と5月3日付朝日新聞の石川論文(石川健治「憲法はいま 96条改正という『革命』」)であったという(山田孝男「最近『96条』攻防戦」毎日新聞、5月13日)。
山田氏によれば、小林節慶応大学教授は「私は9条改正論者だが、改正ルール緩和(96条改正)は邪道。立憲主義否定は認められぬ」と批判したが、この記事の反響は大きかった。そして、たちまち反応した読者の一人に自民党の石破茂幹事長がいた。石破氏はこの記事に目を奪われ、「小林教授に啓発されるところ誠に大」とブログに書き込んだ、という。他方、石川健治東大教授も「そもそも改正条項の改正は、憲法の拠って立つ立憲主義への反逆」と述べているが、山田氏によれば「石川の寄稿は最近の朝日のオピニオン欄で最も反響のあった記事の一つだそうだ」。
そしてそれが功を奏したのか、その後の世論調査では96条改正反対派が勢いを増し、5月2日の朝日新聞では賛成38%に対して反対は54%、5月3日の毎日新聞でも賛成が42%、反対が46%と、いずれも反対派の方が多数を占めている。また、最近の調査でも、読売新聞では賛成34%に対して、反対が51%(6月11日付)、共同通信の調査でも賛成が42%、反対が51%(6月16日付)となっている。
しかしながら、反対派がいう「憲法は権力を縛るものであり、96条の改正は権力者が自らの都合の良いように拘束を緩めるものであって、立憲主義に反する」などといった主張は、極めて観念的でしかも独断に満ちたレトリック(巧言)にすぎない。なぜなら、96条の改正は、憲法を主権者国民の手に取り戻すためのものだからである。それ故、恐らくいくらでも反論は可能であって、丁寧に説明していけば国民の支持は必ず得られるものと確信している。そこでなぜ憲法96条改正が必要なのか、改めて考えてみたい。
世界で最難関級の改正手続き
現行憲法では、改正のためには両院総数の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票において過半数の賛成を得なければならない(第96条)。このような改正手続きが、世界でも最難関クラスに属する厳しいものであることは間違いなかろう。そこで現在主張されているのが、この改正手続きを緩和しようというものであって、最も有力な改正案は「両院の過半数の賛成で発議し、国民投票で過半数の賛成が必要」としようというものである。
反対派は、現行憲法の改正規定は、諸外国と比較しても決して厳しすぎることはないと主張しているが、果たして事実か。そこでこれを検証するため、世界の主要国の憲法改正手続きを比較してみることにする。分かりやすくするため、難易度順に難しいと思われる方から①~⑧の順にグループ分けし、現行憲法の改正手続きと96条改正案の両者を位置付けてみることにしよう(西修「主要国における憲法改正条項&私案」および読売新聞特集「基礎からわかる憲法96条改正」平成25・6・7付を参照させて戴いた)。
第①グループ
・台湾 …立法院(一院制)の定足数(4分の3)の4分の3+国民投票で有権者総数の過半数
第②グループ
・日本(現行) …両院(総数)の3分の2+国民投票で過半数
・アメリカ …両院(定足数=過半数)の3分の2+4分の3の州議会
第③グループ
・カナダ …両院の過半数+3分の2の州議会
・ロシア …両院の5分の3+憲法制定議会の3分の2又は国民投票
第④グループ
・韓国 …国会(1院制)の在籍議員の3分の2+国民投票(有権者の過半数が投票)で過半数
第⑤グループ
・日本(改正案)…両院(総数)の過半数+国民投票で過半数
・フランス …両院の過半数+国民投票で過半数(又は、両院合同会議の5分の3)
第⑥グループ
・ベルギー …両院の定足数(総議員の3分の2)の3分の2
・明治憲法 …両院の定足数(総員の3分の2)の3分の2
・ドイツ …両院の3分の2
第⑦グループ
・スペイン …両院の5分の3(但し、全面改正の場合は極めて厳しい)
第⑧グループ
・イタリア …両院で2回の議決、2回目の議決は総議員の絶対多数(ただし、50万人以上の有権者等の要求があれば国民投票)他
この表をみれば明らかなように、現行憲法は難易度の極めて高い第・グループに属している。他方、第96条改正案は、フランスのそれとほぼ同じであり(ただし、同国ではさらに簡単な改正手続きがある)、難易度からいえばせいぜい中程度の第・グループに属するものであって、決して緩和し過ぎなどといった批判は当たらない。せめて平均的な国並みにしようというだけであって、国民投票が行われる以上、なおハードルは高いと考えられる。
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■ 百地章氏 昭和21(1946)年、静岡県生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。法学博士。専攻は憲法学。愛媛大学教授をへて現職。産経新聞「正論」執筆メンバー。著書に『憲法と日本の再生』『分離とは何か 争点の解明』『靖国と憲法』『憲法の常識 常識の憲法』など。