雑誌正論掲載論文
安易なる「教育の開国」への大いなる違和感
2013年06月15日 03:00
皇學館大學教授 新田均 月刊正論7月号
「教育再生実行会議」は「競争力会議」の後追い
黒船がやってきた。開国は必至となった。最早この流れに抗することはできない。TPPのことではない。大学改革のことである。その意味の大きさと危険性に国民はもちろん大学関係者でさえ気付いていない。
安倍内閣の重要政策の一つ、教育再生を担う教育再生実行会議(以下「実行会議」)が設置(本年1月24日)されてから4カ月が経った。この間、「実行会議」は「いじめ・体罰」と「教育委員会」問題について討議し、それぞれ提言をまとめて安倍総理に手交した(「いじめ・体罰」問題については2月26日、「教育委員会」問題については4月15日、いずれも詳しくは官邸のホームページ参照)。そして、本稿執筆中の現在、第3の課題である「大学教育・グローバル人材育成」問題について議論が進められている。
ただし、この「大学教育・グローバル人材育成」問題については、これまでの2つの課題とは議論の進められ方が大きく異なっている。議論を主導しているのが「実行会議」自身ではなく「産業競争力会議」(以下「競争力会議」)なのである。そのことは、この課題が「実行会議」で討議された2回の会議のいずれにおいても、下村博文文部科学大臣が「競争力会議」で提案したプランが説明されたのちに討議が始められるという異例の議事運営が行われていることを見ても明らかだ。つまり、「大学教育・グローバル人材育成」問題については、予め「競争力会議」で論じられた論点と結論を後追いしているのである。
「競争力会議」は、安倍晋三首相が掲げる経済政策、いわゆるアベノミクスの3本の矢のうち3本目にあたる「成長戦略」を担うために設けられた機関である。第1の矢である「金融の大胆な緩和」が大幅な円安株高をもたらし、第2の矢である「機動的な財政出動」についても平成25年度予算が成立して、順調に執行されそうな見通しとなった。そうなると、この「競争力会議」の提言にアベノミクスの成否がかかってきたと言っても過言ではない。
この重要な会議の主たる任務は、「我が国産業の競争力強化や国際展開に向けた成長戦略の具現化と推進について調査討議する」(「設置根拠」)ことにある。この目的にしたがって、日本の産業競争力強化にとって必要だと思われる様々な問題を論じているわけだが、その中でも重要な課題の一つが産業競争力を支え得る「人材力強化」なのである。この課題に応えるために、下村大臣は「競争力会議」に対して、二度の提言を行ってきた。
1つは、3月15日に提出した「人材力強化のための教育戦略~日本人としてのアイデンティティを持ちつつ、高付加価値を創造し、国内外で活躍・貢献できる人材の育成に向けて」(詳しくは官邸ホームページ掲載の産業競争力会議第4回「下村文部科学大臣提出資料」参照)で、もう一つは4月23日に提出した「人材力強化のための教育改革プラン~国立大学改革、グローバル人材育成、学び直しを中心として」(詳しくは官邸ホームページ掲載の産業競争力会議第7回「下村文部科学大臣提出資料」参照)である。
第一提言の要旨を下村大臣は会議の席上で次のように説明している。
「大学には、日本の成長を支えるグローバル人材、イノベーション創出人材、地域に活力を生み出す人材の育成と、大学の研究力を活かした新産業の創出が期待されている。大学を核とした産業競争力強化プランとして考えている施策をお示ししている。
1つ目の柱『グローバル人材の育成』に関しては、世界を相手に競う大学は5年以内に授業の3割を英語で実施するなど明確な目標を定め、外国人を積極的に採用するなど、スピード感を持ってグローバル化を断行する大学への支援を進めたい。また、日本人の海外留学生を(6万人から)12万人に倍増し、外国人留学生を(14万人から)30万人に増やすために必要な手立てを講じていきたい。更に、使える英語力を高めるため、大学入試でのTOEFLなどの活用も飛躍的に拡大したい。
2つ目の柱『大学発のイノベーション創出』に関しては、特に理工系人材について、産業界や関係省庁とも議論し、今後の人材育成戦略を共有していきたい。また、大学での研究成果を活用した新産業創出のため、本年度補正予算で国立大学に出資を行うこととしているが、その状況も見つつ、大学からベンチャー支援ファンド等への出資を可能とする制度改正を検討していく。
3つ目の柱『社会との接続・連携強化、学び直しの促進』に関しては、大学の機能として地域活性化への貢献の視点を重視するとともに、産業界の協力を得つつ、社会人の学び直しに役立つ実践的な教育プログラムの開発・提供、インターンシップの大幅な増加、就職活動時期の是正などを進めてまいりたい。
こうした大学の思い切った改革の実現に必要な大学力の基盤を強化するため、大学の教育力の向上、人事給与システムの改革や運営費交付金の配分の見直しなどの国立大学の改革、私立大学の質保証・向上、財政基盤の充実、大学入試の在り方の見直しなどを進めてまいりたい。人材力強化のためには、大学に先立つ初等中等教育の充実・強化も重要であり、世界トップレベルの学力をベースに、外国語によるコミュニケーション能力・論理的思考力を身に付けること等をめざし、外国語教員の語学力・指導力向上や高校生の留学促進などに、しっかりと取り組んでいきたい」(傍線、( )ともに引用者)
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■ 新田 均氏
昭和33年(1958年)長野県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程に学ぶ。神道学博士。平成10年「比較憲法学会・田上穣治賞」受賞。著書に『一刀両断 先生、もっと勉強しなさい!』(国書刊行会)、『「現人神」「国家神道」という幻想』(PHP研究所)、共著に『日本を貶める人々』(同)など。