雑誌正論掲載論文
アベノミクスの天敵…消費増税を放棄せよ
2013年06月05日 03:00
産経新聞特別記者 田村秀男 月刊正論7月号
株価上昇を背景に、安倍晋三首相が提唱する経済政策構想「アベノミクス」への世論の期待が大きく膨らんでいる。政治主導力の復権こそが「15年デフレ」の淵に沈みっぱなしだった日本を立て直す最大の条件とみなせば、日本は20年前のバブル崩壊以来、初めて国家再興の道に力強く踏み出したわけである。裏返すと、アベノミクスが不発に終われば、日本の将来は漆黒の闇に閉ざされてしまう恐れを禁じえない。
その点、民主党・野田佳彦前政権時の「3党合意」でレールを敷いた消費税増税を放棄する、あるいは実施を少なくても2年以上延期するという、もう一段大胆な政治的決意が欠かせない。消費増税は日本に取りついたデフレ圧力という病を助長し、アベノミクスを潰すからである。
アベノミクスを支える異次元緩和
いわゆるアベノミクスは「異次元の金融緩和」、公共事業を柱とする財政出動と成長戦略の3本の矢で構成されているが、本質は金融市場、つまりマーケット主導型の経済政策である。もとより、財政出動は財源の制約が大きいし、かの大型補正による公共事業の大判振る舞いも粗雑になりがちで、下手すると一過性に終わりかねない。「成長戦略」も聞こえはよいが、中身は規制緩和など成果がいつ出るか不明の政策が主となり、官僚作文に引きずられる。「特区」などシンボリックな試みや国内調整に手間取る環太平洋パートナーシップ(TPP)協定参加が実現したとしても、全般的な経済の成長をもたらすまでには相当の時間がかかるだろう。今後2年以内にデフレから脱し、正常な成長軌道に戻すというアベノミクスの狙いを支えるのはやはり第1の矢、金融なのである。
3月20日に発足した黒田東彦総裁と岩田規久男副総裁による日銀首脳陣は安倍首相の意向に沿って、円の発行量(現金発行量と金融機関が日銀当座預金に留め置く資金量の合計=マネタリーベース)を今年末には200兆円、2014年末には12年末に比べて約2倍の270兆円に拡大する「異次元の金融緩和」政策を打ち出した。その2カ月前に安倍首相の要請を受けて日銀が導入した2%のインフレ目標を2年で達成するという明確なメッセージを送ったのだ。
アベノミクスへの期待に反応してきたマーケットは沸き立ち、円安と株高の傾向に拍車がかかった。だが、マーケット主導型景気には不確実性がつきまとう。
まず、株と円相場の関係を分析してみよう。両相場は衆院解散総選挙の機運が高まった昨年11月中旬から急転回し始め、1ドル80円前後だった円は下落基調、8600円台だった日経平均は円安に連動して上昇を続けて現在に至る。
株価は円高に振れると下がり、円安で上がっている。円安即ち株高、円高即ち株安という図式がアベノミクス相場の特徴である。
円相場の決定要因は何か。それは日銀による円と米連邦準備制度理事会(FRB)のドルのマネタリーベースの割合である。日米のお札の刷り具合で円相場水準が決まってくるわけである。白川方明前総裁時代、日銀は円の発行量を小出しでしか増やさないのに、FRBは2008年9月のリーマン・ショック後、猛烈な勢いでドルを刷り続け、昨年12月時点でもFRBが刷る1ドルに対して日銀は49円しか発行していなかった。それが超円高の背景にあるとみた黒田日銀はマネタリーベースを来年末までに2倍にする「異次元緩和」政策を4月4日に打ち出し、円安・株高に弾みが付いた。
マネー量から見れば、円安の程度には自ずと限度がある。背景にはFRBによる量的緩和(QE3)がある。米国は今年に入って、毎月平均800億ドル余りのドル資金を追加発行しているが、黒田日銀はこれから年末にかけて月平均7兆2500億円の円資金を刷り増す方針を決めている。7兆2500億円を800億ドルで割ると90円強となる。勇ましく「異次元」と銘打っても日銀のおカネの発行規模とFRBのそれを比較すると、1ドル=90~100円のレンジから抜け出て100~110円のレンジの円安を保つこと自体、違和感がぬぐい切れない。
発言やコメントから推測すれば安倍首相のアドバイザーの浜田宏一エール大学教授、あるいは黒田日銀総裁、岩田副総裁あたりの頭の中では適正相場を1ドル100円周辺と判断しているはずで、日銀もそれを意識した量的緩和を打ち出したのではないか、と筆者はみる。
ウォール街が影の仕掛け人
現行水準以上に円安が進まない場合、日本の株価はどうなるか。その鍵を握るのは残念ながら、日本ではなく、FRBとウォール街である。そのからくりを述べよう。
まず、FRBはQE3で米金融機関に上記の資金を流し込む。その余剰資金が株式投資に回るので株価が上がる。ウォール街の機関投資家はグローバルに株式投資しており、日本株の保有比率を決めている。米株価上昇に伴う日本株の比率の低下を避けるために、日本株も買い増す。かれらはすべてドル建てで計算する。このため円安の場合、やはり同じく日本株のドル建て額が下がるので、日本株を買い足す。つまり、米株高と円安で日本株を買い、米株が売られるか円高の場合は日本株を売る。この操作はコンピューターによる自動操作なので、瞬時に実行される。日本株の売買高の5割以上は外国人によるが、外国人投資家の本拠はウォール街にある。ウォール街が日本株の相場の影の仕掛け人と言っていい。
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■ 田村秀男氏 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学卒業。45年に日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長、編集委員などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍。リフレ政策の論陣を張る。著書に『人民元・ドル・円』『人民元が基軸通貨になる日』『財務省「オオカミ少年」論』『反逆の日本経済学』『日経新聞の真実』など多数。