雑誌正論掲載論文

北朝鮮、狂気の核実験

2013年03月15日 03:00

濃縮ウラン型開発が対テロ戦争を揺るがす

北が兵器級濃縮ウランの生産を進めているとの衝撃情報を入手―。暴走を止めることはできるのか
東京基督教大学教授 西岡力月刊正論4月号

「北朝鮮が今回ウラン核爆弾を実験し、爆発力がTNT換算で1万t以上出るならば韓半島の安保構造に地殻変動が起きるだろう。北朝鮮にはウラン鉱山が多数あり、これを濃縮して原子爆弾を製造し始めれば、数十、数百個を作ることができるようになる。今回の実験が、プルトニウム爆弾か、ウラン爆弾かが焦眉の関心事だ。

 北朝鮮政権は赤化統一のために核兵器を開発している。したがって核放棄は体制崩壊を意味する。韓国には北朝鮮の核開発を支援して保護する従北勢力がいるので、彼らを信じて核をあきらめない。金正恩の頭の中にはこのようなシナリオがあるのだろう。核ミサイルを実戦配置した後、北朝鮮軍が南へ侵略し、ソウルを包囲した後にその状態での休戦を提案する。受け入れなければ核兵器を使うと脅迫し、米国に対しては長距離ミサイルで威嚇して中立を守ることを要求する。この時に従北勢力が立ち上がって『どんな平和でも戦争よりはましだ』と主張して休戦案を受け入れようというだろう。もしソウルが包囲された状態で休戦すれば大韓民国は消滅する。このような希望を持っているので北朝鮮は絶対に核兵器をあきらめない」(趙甲済ドットコム2013年2月1日)。韓国の代表的保守論客の趙甲済氏は金正恩の核戦略についてこのように語っている。

 北朝鮮金正恩独裁政権がミサイル実験と3回目の核実験をそれぞれ2月11、12日に強行した。国内では穀倉地帯の黄海道でも餓死者が発生するほど住民の困窮が進んでいる。1994年金日成の死亡後、金正日政権は人口の約15%にあたる300万人を餓死させながら核ミサイル開発を続けてきた。金正恩政権になってもその路線に変化はなかった。金正恩は金正日死亡直後に「われわれに一切の変化を期待するな」と公言していた。まさにその通りの事態となった。

 趙甲済氏が指摘したポイントのうち爆発力は、韓国国防省によるとTNT火薬換算で6~7キロトンであり、同省は2006年の1回目の核実験は1キロトン、2009年の2回目は2から6キロトンと見ているので、10キロトンまでは到達しなかったが過去より威力は大きくなっている。過去2回はプルトニウム爆弾の実験だったが、今回は濃縮ウラン爆弾の実験の可能性が十分ある。ただし現段階では、米韓軍ともに、空気中に拡散した物質の分析を公表していないのでウラン爆弾だったかどうかは断定できない。ミサイルの搭載できる小型化が成功したのかどうか、一部で言われている二重水素、三重水素を使った強化爆弾の実験に成功したのかについても断定的なことは言えない。

 北朝鮮は実験当日の2月12日、朝鮮中央通信を通じて「以前とは違って爆発力が大きいながらも小型化、軽量化した原子爆弾を使って高い水準で安全かつ完ぺきに行われた…。原子爆弾の作用特性と爆発威力などすべての測定結果が設計値と完全に一致されたことにより多種化されたわが核抑止力の優れた性能が物理的に誇示された」と実験の成功を主張した。「多種化されたわが核抑止力」という表現を、ウラン型の実験を意味すると見る向きもある。もちろん彼らの主張は常にブラフである可能性があるから額面通りは受け取れない。

「06年に濃縮ウラン生産開始」の新証言

 ただ私はやはり、今回の実験がウラン爆弾の実験であった可能性が高いと考えている。その根拠は最近私が入手した寧辺の核施設の党機関で働く朴某氏の以下の証言だ。脱北者李ジョンス氏が親戚である朴氏から2006年に直接聞いたものだ。

「パキスタンからウラン濃縮技術を、カネを払って買ってきた。濃縮は1994年にはじまり2006年から基本生産に入った。ウラン濃縮施設は平安北道大館郡と平安北道泰川郡に2箇所ある」

 北朝鮮とパキスタンが90年代初め、秘密協定を結んでパキスタンの濃縮ウラン製造技術と、北朝鮮のノドンミサイル製造技術を交換したことはすでに多くの証言により明らかになっている。寧辺の核施設で勤務する朴氏は核関連の情報だけに接し、ミサイル関係につてがなかったのでパキスタンからウラン濃縮技術をカネで買ったと聞いていたのだろう。

 濃縮ウランの製造時期と製造場所について確実なことは判明していない。パキスタンがノドンミサイルを原型にしたガウリミサイルの発射実験を1998年に行ったことなどからして、北朝鮮がウラン濃縮を1994年から始めたというこの情報はつじつまが合っている。

 一方「ウラン濃縮施設は平安北道大館郡と平安北道泰川郡に2箇所ある」という情報について、北朝鮮の核施設に関して衛星写真などで観察分析を続けているジャーナリストの恵谷治氏は「大館郡には米国が核施設と疑った金倉里の大規模地下施設があり、泰川郡には巨大な水力発電所と高圧電線が張り巡らされている核関連秘密施設があるので、可能性は高い」と判断している。確かにウラン濃縮には膨大な電気が必要で水力発電所がある泰川郡とそこに隣接する大館郡は濃縮ウラン生産施設があってもおかしくない。「06年から濃縮ウランの基本生産に入った」との情報は私も初めて接するが、他の情報の信憑性の高さからして有力であることは間違いない。

 韓国国防当局は、李ジョンス氏が韓国入国直後にこれらの情報を提供したとき「米軍も知らないことをお前がなぜ知っているのか」と信じなかったが、2010年スタンフォード大学のジークフリード・ヘッカー所長が寧辺でウラン濃縮施設を見学したことを受けて李氏に「あなたの情報は正しかった」と謝罪しているという。

 朴氏の証言通り2006年から兵器級の濃縮ウランの生産が本格化したならば7年後の今回の実験にそれが使われることは自然だ。安全保障の基本は「最悪に備えよ」であり、北朝鮮がすでに相当量の兵器級の濃縮ウランを持っていることを前提に備えをなすべきだろう。

 そのことは北朝鮮核問題の重大な構造変化を意味する。北朝鮮がふんだんな原料で量産した兵器級濃縮ウランをイランやシリア等のならず者国家やアルカイダなどのテロ集団に販売する危険が高いからだ。そうなれば北朝鮮の核問題は、東アジアの安全保障の問題から中東の安保と世界の対テロ戦争の問題へと深刻化する。

赤化統一のため日本とアメリカを脅す

 2002年1月当時のジョージ・ブッシュ大統領は有名な悪の枢軸演説でこう語った。「このような国家(北朝鮮、イラン、イラク)と彼らのテロ同盟者たちは、悪の枢軸を形成しており、世界の平和を脅かすために武装を進めている。大量破壊兵器を入手しようとすることで、これらの政権は、深刻で日々高まる危険をもたらしている。彼らは、こうした兵器をテロリストに提供しかねず、そうなれば、テロリストに、彼らが抱く憎しみに見合う手段を与えることになる。彼らは、われわれの同盟国を攻撃したり、アメリカを脅そうとしかねない。こうした状況のもとで、無関心でいることは破滅的な犠牲をもたらすであろう」。ブッシュが警告した悪の枢軸がテロリストに核兵器を提供する危機が眼前に迫っている。

 その意味でこの10年間の米国とその同盟国である日本と韓国の対北朝鮮政策は大きく間違っていたことになる。どこから間違ったのか。北の核開発は体制の根幹である対南赤化戦略の一環であり、話し合いや経済支援では止めさせることはできない。いつでも独裁者本人と彼からの指令系統を攻撃できるという抑止力を担保しつつ、彼らが自前で準備できない資金や技術の流入を徹底的に断つ以外に開発を止める方法はないという単純な真理を、日米韓の政府と専門家が理解していなかった。

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■ 西岡力氏 昭和31(1956)年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。筑波大学大学院地域研究科東アジアコース修士課程修了。在ソウル日本大使館専門研究員などを歴任。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」会長。著書に『韓国分裂』(扶桑社)『金賢姫からの手紙』(草思社)など。