雑誌正論掲載論文
[特集] 安倍政権を襲う難題 「待てない」世論にご用心
2013年02月15日 03:00
安倍政権にとっての国内の脅威は左派リベラル層にとどまらない。潜在的な〝難敵〟とは――
高崎経済大学教授 八木秀次 月刊正論3月号
安倍自民を貶める選挙分析の不当
その存在によって植物を枯らし、疫病を蔓延させた黒雲が漸くにして取れ、薄日が差し始めたといったところであろうか。
昨年12月16日に行われた第46回衆議院総選挙は事前の予想以上に与党・民主党が大敗し、野党・自由民主党の大勝利に終わった。公明党も議席を伸ばし、第三極の日本維新の会、みんなの党も躍進した。他方、民主党から別れた日本未来の党、そして社民党、共産党は大幅に議席を減らした。
そして12月26日、内閣総理大臣の首班指名選挙の結果、自民党総裁の安倍晋三氏が第96代内閣総理大臣に選出され、同日、自民党・公明党の連立による第二次安倍内閣が組織された。自公政権としては3年3ヶ月ぶり、安倍氏にとっては実に5年3ヶ月ぶりの政権復帰である。
安倍氏率いる自民党は総選挙の前から、政権復帰後にはデフレ脱却、大胆な金融緩和などの経済・金融政策を行うとし、日本経済の再生を実現すると訴えた。その主張は市場からも好感をもって迎えられ、選挙前に既に円安・株高の傾向が見られた。また、民主党政権の3年3ヶ月の間にこじれた日米関係を改善し、中国・韓国・ロシアによって侵食され、また侵食されようとしている我が国固有の領土を守ることを訴えた。選挙の結果は、自民党の政権復帰によってこれらをさらに推し進めて欲しいという国民の声の反映でもあった。
自民党に批判的なメディアや論者は、自民党の得票率(比例代表)は前回選挙から1%弱しか増えていない(前回26・7%、今回27・6%)とし、国民は別に自民党を支持しているわけではないというが、民主党は前回42・6%、今回15・9%と酷いほど支持を失い、民主党から別れた日本未来の党も5・6%の支持しか得ていない。社民党、共産党も支持率を下げ、民主党の左派も含めていわゆる左翼リベラルは風前の灯火である。これに対して安倍氏と政策や政治理念で共通するところが多く、連携も視野に入っていた日本維新の会は20・3%もの支持を得ている。維新の会と政策ブレーンが共通するみんなの党は8・7%の支持を得ている。日本維新の会、みんなの党は野党とはいえ、潜在的な自民党補完勢力と考えてよく、公明党の11・8%を加えると自公政権とその補完勢力は実に7割近く(68・4%)の支持を得ている。この数字は安倍政権の支持率(昨年12月26~27日調査で65%、今年1月11~13日調査で68%、ともに読売新聞社調査)ともほぼ等しい。これを「大量議席獲得は小選挙区制のマジック」だとか、「国民の大多数は安倍自民党を支持しているわけではない」というのは為にする議論というべきであろう。
安倍政権の滑り出しは極めて順調で、特に景気回復への国民の期待は強い。補正予算案を発表しただけで、予算成立も執行もまだなのに支持率も増えている。国民の気持ちも前向きになっている。アルジェリアでの日本人を含む人質事件においても安倍首相は外遊先のインドネシアから緊急帰国して陣頭指揮を採った。「人命第一」を主張した首相の思いに反して日本人の犠牲者を出したのは無念だが、国民は安倍氏に「強いリーダー」を感じ取ったはずである。閣僚や内閣官房参与、政府関係の会議の人事も実に巧妙で、狡猾とさえいってもいい。精力的に仕事をこなし、健康不安を感じさせない。5年前に体調不良で退陣したときとは違う「ニュー安倍晋三」という印象を与えている。
それだけに安倍氏の政策や政治理念を快く思わない勢力は揚げ足を取ろうと虎視眈々と狙っている。安倍氏が週末に都心のホテルのスポーツクラブやスパに通うことを庶民感覚からずれていると揶揄する向きもある。息抜きくらいさせてやったらどうかと思うが、これくらいはまだ可愛い。安倍叩きを「社是」とすると言われる朝日新聞は政権発足の翌日(12月27日)に「安倍内閣発足―再登板への期待と不安」と題する社説を掲載し、「期待の半面、心配もある」としながら「新政権の要職には、(中略)安倍氏がかつて事務局長を務めた『日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会』のメンバーが並ぶ」と書く。そして「河野談話や村山談話の見直しは『戦後レジームからの脱却』を唱える安倍氏の持論だ。だが、そうした歴史の見直しは戦前の軍国主義の正当化につながる。戦後日本が国際社会に復帰する際の基本的な合意に背く行為と受け取られかねない。実行すれば、中韓のみならず欧米からも厳しい批判は避けられない」と述べている。事実に基づかない政治的妥協の産物である「談話」を事実に基づいて「見直す」ことがなぜ「軍国主義の正当化につながる」のか理解できないが、いずれにしてもこの社説は「当社は歴史認識問題で安倍政権を攻めますよ」との就任の〝ご挨拶〟なのであろう。
忘れてはいけない政治学者たちの〝罪〟
安倍政権の出だしが好調で、また年もあらたまったこともあって、国民は民主党政権のことをすっかり過去のことと考えている。野田佳彦前首相の動向も伝わってこない。しかし、ここで改めて民主党政権の樹立に寄与した政治学(者)の無残さについて指摘しておきたい。北海道大学教授の山口二郎氏は民主党政権樹立に寄与した政治学者の代表格であるが、その山口氏が民主党政権の黄昏が見え始めた頃に『政権交代とは何だったのか』(岩波新書、2012年1月)という著書を出している。この本は民主党の政権運営ぶりを批判的に検証したもので、その中に「論壇政治学の多くの論者は、暗黙のうちに政権交代を求めていた」という記述がある。論壇政治学者すなわち論壇で活躍する政治学者の多くは今はだんまりを決め込んでいるが、山口氏が指摘する通り、民主党への政権交代を後押しした。大半のマスメディアとともに論壇政治学者は民主党政権誕生の〝共犯〟である。
その典型として「ハーバード白熱教室」で有名になったマイケル・サンデル(ハーバード大学教授)の紹介者としても知られる千葉大学教授の小林正弥氏の著書の一部を紹介しておこう。小林氏は『友愛革命は可能か』(平凡社新書、2010年3月)の「あとがき」で鳩山由紀夫首相(当時)のことを次のように書いている。
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■ 八木秀次氏 昭和37(1962)年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士課程中退。専攻は憲法学、思想史。「日本教育再生機構」理事長。著書に『反「人権」宣言』(ちくま新書)、『明治憲法の思想』『日本国憲法とは何か』(PHP研究所)など多数。