雑誌正論掲載論文

大激論! アベノミクスは日本を救うか

2013年02月05日 03:00

マイナス金利に踏み込めるか、大規模公共投資は必要か、インフレ目標を達成できるか、国債は暴落しないか、賃金は上がるか、デフレを克服できるか――。元日経エース記者2人が、新聞に書けない本音をぶつけ合う。
産経新聞特別記者 田村秀男/作家・経済評論家 大塚将司 月刊正論3月号

 田村 大塚さん、君とこうして会って話すと、23年前のことを思い出すよ。

 大塚 イトマン事件のこと?

 田村 そう。私が経済面のデスク当番だった日、君が原稿を持ってひょっこり現われた。見たら、すごいスクープじゃないか。

 大塚 ええ。田村さんがあの原稿を3面に載せてくれた。

 田村 いや、私は1面トップで行こうと言ったんだ。しかし君が、「1面は絶対にやめてくれ」って言って聞かなかったから…。

 大塚 だって、1面となると部長に連絡して了解を取らなきゃいけないでしょう。部長が知ったら、「その記事はやばい。ほかの記者にも取材させて裏をとれ」と・待った・をかけられ、荒らされてしまう。

 田村 確かに、あの記事に少しでも間違いがあれば「訂正とおわび」だけじゃ済まないから、部長は二の足を踏むだろうね。ボツにされるかも知れない。それで私は、大塚さんの言う通り部長には知らせず、自分の裁量で3面に全文を載せたんだが…。

 大塚 田村さん以外のデスクが当番だったら、たとえ3面でも部長に連絡して、お伺いを立てていただろうな。

 田村 そうか。だから大塚さんは、私がデスク当番の日を狙って原稿を持ち込んだんだな(苦笑)。大塚さんは、あの頃から恐い物知らずだったなあ。 

 大塚 それは田村さん、あなたも同じでしょう(笑)。

マーケットはアベノミクスに期待(田村) 円安株高は海外情勢が最大の要因(大塚)

 田村 思い出話はこれくらいにして、本題に入ろう。安倍政権が発足して以降、マーケットがいい動きをしている。国会の党首討論で野田前首相が解散を口にした昨年11月14日には1ドル79・9円、日経平均8665円だったのが、年明け後の現在(1月15日)は1ドル88・8円、日経平均1万879円だ。これは安倍首相の掲げる経済政策、いわゆるアベノミクスに対して、マーケットが大きな期待を寄せているからだろう。大塚さんはどう思う?

 大塚 アベノミクスの影響は小さくない。しかし昨今の円安株高は、海外の経済情勢が最大の要因じゃないかな。欧州危機が峠を越し、アメリカの「財政の崖」も当面は回避される見通しとなったので、マーケットは・攻め・に転じる材料を探していた。そこへ、日本で解散総選挙が行われて経済政策が変わりそうだというんで、円を売って儲けようというムードが一気に高まったんだ。私は円安株高の要因として、安倍政権の経済政策をあまり過大評価しないほうがいいと思う。今後の海外情勢によって、いくらでも風向きは変わるんだから。

 田村 随分マイナス思考だなあ。大塚さんはむしろ、アベノミクスを過小評価しているよ。マーケットが動いたのは昨年11月16日、国会が解散した日の直前だ。その前日、次の首相が確実視されていた安倍自民党総裁が都内で講演し、「ゼロ金利か、マイナス金利にするぐらいのことをしなければ」と大胆な金融緩和策を訴えたことで、一気に円安が進んだんだ。大塚さんが言うように、欧州危機など海外情勢が小康状態を保っていたことも、大きな追い風になった。しかし最大の要因は、やはり安倍発言さ。

 大塚 確かに解散の前日、次期首相が講演でマイナス金利にまで言及したインパクトは強かったよね。しかしそのインパクトが長続きするとは限らない。後で詳しく話すけど、アベノミクスには危険な落とし穴もあるからね。ところが最近のジャーナリズムは実に無責任で、・安倍バブル・を助長することばかり書き立てる。私は、楽観してはならないと言いたいんだ。

 田村 私だって楽観はしていないさ。ただ、民主党政権時代の異常な円高の原因が、日銀の金融政策の失敗にあることは明らかだ。これに対し安倍自民党は「日銀法の改正も視野に大胆な金融緩和を行う」と言い切って総選挙を戦った。政権に返り咲いた安倍首相が、その政策を確実に実施していくなら、円安株高の流れは定着するだろう。海外情勢にも左右されるが、アベノミクスは、吹けば飛ぶほどには軽くない。それとも大塚さんは、安倍政権の金融政策にも期待できないと言うのかい?

 大塚 いや、金融政策についていえば、安倍政権の大胆な緩和策は間違っていない。私自身、金融政策で出来ることは何でもやれと―、日銀はマイナス金利も検討しろと―、解散前からずっと主張してきたからね。昨年7月、デンマーク国立銀行がマイナス金利に踏み切った。為替の変動要因となる金利差を維持し、自国通貨のクローネを対ユーロで安定させるのが狙いだ。デンマークよりもはるかに経済規模の大きい日本で実施しても効果は未知数だが、投機マインドは必ず刺激する。

 田村 その点は同感だ。呆れたことに日銀は現在、マイナス金利とは逆のことをしている。市中銀行が日銀に預ける超過準備預金に0・1%もの金利をつけているんだ。当然、市中銀行は手持ちの資金を遊ばせておくわけにはいかないので日銀に預ける。このため超過準備預金だけがどんどん増えて、市中に資金が出回らない。

 大塚 デンマーク国銀も、超過準備預金をマイナス金利にするところから始めたんだよね。

 田村 今の日銀にマイナスといっても拒絶するだろうが、せめてゼロにはしないと…。私はもう、2年くらい前から0・1%の金利を撤廃しろと言い続けているんだ。この金利が日本経済に悪循環を生み出している。

 大塚 すごい悪循環。日銀は、超過準備預金に金利をつけて市中銀行から資金を集め、国債を買っている。市中銀行は国債を日銀に売って得た資金を、また日銀に預金する。日銀と市中銀行で資金をグルグル回しているだけなんだ。

 田村 なぜ日銀がこんな馬鹿げたことを続けているかというと、短資会社が絡んでいるからだと私は思う。金融機関同士の取り引きを媒介する短資会社は日銀の天下り先だ。彼らを干上がらせないために資金をグルグル回しているんじゃないか。動機が不純なんだよ。日銀は「アメリカのFRBだって金利をつけている」と弁明するけれど、冗談じゃない。アメリカは2~3%のインフレだから、実質金利はマイナスなんだ。日銀はもう、いい加減な説明で国民をごまかすのはやめて、過去の金融政策の失敗を素直に認めたほうがいい。2%以上のインフレ目標を設定して、「日銀は変わりました。これから本気で金融緩和に取り組みます」という姿勢をみせるべきだね。

インフレ目標で投機マインドを維持(田村) 数値のひとり歩きで国債発行膨張も(大塚)

 大塚 話の腰を折るようだけど、インフレ目標については、2%に設定しても1%でも、大して違いはないと思う。

 田村 えっ、どうして?

 大塚 どんな数値目標にせよ、簡単には達成されないからさ。むろん、目標を設定することで投機マインドを引き出す効果はある。そして、今の日本経済に必要なのは投機マインドだ。それが失われると資本主義そのものが成り立たない。しかし反面、目標の数値にあまり縛られると、金融政策だけでは当然追いつかないから、大規模公共事業など財政出動に頼らざるを得ない。そうすると、国債発行の膨張で国家財政が破綻する懸念が出てくると思うんだ。

 田村 いやいや、インフレ目標が2%だろうが1%だろうが大した違いはないというのは暴論だよ。今、マーケットは安倍首相が常々口にしてきた「2%の目標設定」を前提に動いている。これが日銀の抵抗などで「1%」になったら、君の言う投機マインドも一気に冷めてしまうじゃないか。

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■ 田村秀男氏 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学卒業。45年に日本経済新聞社入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長、編集委員などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍。リフレ政策の論陣を張る。著書に『人民元・ドル・円』『財務省「オオカミ少年」論』『日本建替論』(共著)など多数。最新著に『反逆の日本経済学』。

■ 大塚将司氏 昭和25(1950)年生まれ。早稲田大学大学院修了。50年に日本経済新聞社入社。数々のスクープを放ち、三菱銀行と東京銀行の合併報道で平成7年度日本新聞協会賞を受賞した。15年、日経子会社の不正経理について、日経社長(当時)の責任を告発。著書は『スクープ』『日経新聞の黒い霧』『流転の果て』『謀略銀行』(ダイヤモンド小説大賞)など。