雑誌正論掲載論文
世はこともなし? 第91回 しっかりせんとあかんなあ 石井英夫
2012年12月25日 03:00
どうした、マスメディア。何が起きたのだ、日本のジャーナリズムに。「無償の功名主義」というのは新聞記者出身の作家・司馬遼太郎氏の理想の記者像だが、そのマスメディアがおかしい。歯車が狂いだしている。
ごく最近も、尼崎の連続変死・不明事件で、新聞やテレビが使った角田某女被告(64)の顔写真が別人のものだったという。
しかし何といっても言語道断は、読売新聞の「iPS細胞騒動男」と週刊朝日の「ハシシタ 奴の本性」だ。かつて同業のはしくれにいた人間として、恥ずかしくて世間さまに顔むけできない。
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いまから16年ほど前のベストセラーに『平気でうそをつく人たち』(M・スコット・ペック著、草思社)という本があった。「虚偽と邪悪の心理学」なるサブタイトルがあって、著者のペックはアメリカの社会心理学者で精神科医。平気でうそをつく人はこんな人だと述べている。
「どんな町にも住んでいる、ごく普通の人」「自分に欠点がないと思いこんでいる」「異常に意志が強い」「罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する」「体面や世間体のために人並み以上に努力する」「他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する」うんぬん。
読売が10月11日1面トップで報じた「iPS心筋移植」の騒動男・森口某(48)という人物は、そのどれにも該当する御仁だったのだろう。
それにしても読売ともあろうものが、なぜこんなうそつき男の詐術にひっかかったのか。同紙の検証記事によると、この男の肩書や論文掲載の有無などごく基本的な事実の確認を怠っていた。それも取材記者からデスク、部長に至るまでみんなで手を抜いていたというのだから話にならない。
大体、この1面トップの大誤報に至るまでの過程が怪しい。読売はそれまで森口某にかかわる科学記事を6本も載せていた。「ハーバード大学客員講師」や「マサチューセッツ総合病院関連」や「東大病院医師」といった肩書なども、電話1本該当先に入れておけばうそは簡単に判明する。それがそうでなかったのは、前記の6本のキリヌキを安直に踏襲した。〝すでに裏付けはとってあるはず〟という妄信は、記者経験のある身ならだれにも覚えがある。自戒せねばならぬことだった。続きは月刊正論1月号でお読みください
■コラムニスト・元産經新聞論説委員 石井英夫 昭和8年(1933)神奈川県生まれ。30年早稲田大学政経学部卒、産経新聞社入社。44年から「産経抄」を担当、平成16年12月まで書き続ける。日本記者クラブ賞、菊池寛賞受賞。主著に『コラムばか一代』『日本人の忘れもの』(産経新聞社)、『産経抄それから三年』(文藝春秋)など。