雑誌正論掲載論文
[特集]中国と日米同盟
2012年12月15日 03:00
尖閣戦争待望論 さよなら平和ボケ(評論家 宮崎 正弘)月刊正論1月号
対日強硬路線しかない
「最弱の皇帝」
11月15日、北京。
大方の予想を大きく裏切って中国共産党政治局常務委員会の新メンバーは守旧派が勢揃い、毛沢東時代にもどったかのような、強面の習近平政権が誕生した。
とくに江沢民に阿って成り上がってきた劉雲山、張高麗、張徳江という政治力量の疑わしい3人が常務委員にジャンプして、金融政策で有能な王岐山は紀律委員会に回され、たった1人の改革派代表の李克強は周りを守旧派に取り囲まれた。
これからの進歩的改革を期待された王洋、李源潮、劉延東はいずれも江沢民、習近平らに反対され、政治局員に留まった。
かくて尖閣諸島を強奪しようと意気込む習近平の中国。「史上最弱の皇帝」と言われる習近平は露骨なほどに上海派と太子党を代弁し、団派とはそりが合わない。15日の記者会見では「改革」を一言もいわず鄧小平路線を無言で否定し、「人民のために奉仕する」という毛沢東語録からの引用が18回、そして「中華民族」という架空の概念に象徴される奇妙なナショナリズムを鼓吹し続けた。
習近平のニックネームは「劉阿闘」という。
つまり「暗愚の王」という意味で太子党からあがってきた凡庸な指導者とみられるからだ。独自の個性も特色もない、カリスマ性をみごとなまでに欠落させた人物ゆえに日本との戦争を回避するのではなく逆に周囲の強硬タカ派に翻弄されやすい。軍の長老や反日派に政局をたぐられて、対日強硬路線を突っ走る危険性が予測される。
第一の理由は中国国内に横溢する反日の空気。対日経済制裁を継続し、尖閣海域には北海艦隊と東海艦隊が混合してすでに1カ月連続で遊弋を続けている。海軍のデモンストレーションだけが目的ではなく、海上保安庁の背後にいる海上自衛隊の出方、さらにその背後の米軍の動きを探っているのだ。
第二に昔から中国では二流の指導者ほど国内矛盾をすり替えるために対外戦争を起こしたように、昨今の中国経済のバブル崩壊、暴動、大衆の反政府感情を統御する方法がほかには見あたらないからである。新指導部お披露目の記者会見で習近平が「中華民族」を強調したことが、その現れである。この語彙は孫文も毛沢東も江沢民も愛用したナショナリズム昂揚のスローガンである。
北京五輪(2008年)前後から驕慢になって強面の外交を展開し始めた中国には、穏健路線に転換できるリーダーが少数派となった。
こうなると尖閣諸島に訓練を積んだ軍人の「偽装漁民」が上陸し、奪回作戦に挑む日本との間に軍事衝突が起こる可能性が日増しに高まったと考えられる。
しかし他方において、中国が報復措置として発動した対日経済制裁はすでに逆効果となって、日貨排斥は中国経済を苦しめだした。中国企業の悲鳴があがる。異様だった不動産投資によるバブルはすでに崩壊し始めており、各地の暴動はまったくおさまらない。党大会初日に報じられた数字は2011年度の暴動件数がじつに20万件、この社会騒擾の火に油を注いだのが「反日暴動」だった。
温家宝首相一家の不正蓄財が大会直前にニューヨーク・タイムズにすっぱ抜かれ、共産党幹部らの腐敗への国民の怒りは沸騰点に達している。
家族を海外へ移住させ、賄賂で貯めた金をすべて持ち出した高官は1万人を超え、不正に流出した金額は3000億ドル前後と推計される。この有り様は「裸官」と言われる所以で、いずれ中国の富は殆どが海外へ逃げ出し、中国は最貧国に転落するだろう、とヒラリー・クリントン米国務長官が予測した。
これら諸矛盾を日本へすり替える目的で次の戦争が準備されている! そのとき日本は怯懦のまま朽ちていくのか?
「反日、ありがとう」
ところが日本にも急激な政治環境の激変が起きた。
日本国内には澎湃として愛国の炎が燃え広がり、石原慎太郎前都知事の「尖閣購入」の提案に共鳴した国民から忽ち15億円の浄財が寄せられた。反中国の国民集会には左翼や当の中国のような日当付き動員もないのに数万の憂国の士が志願兵のごとく駆けつけ、日章旗が鮮やかに林立するほどに状況が様変わりした。
表面的には反日暴動への反作用でもあるが、反中感情からナショナリズムが沸騰し、石原新党の人気は予想した以上に高く、そのうえ自民党総裁選では緒戦で「泡沫」扱いだった安倍晋三が逆転し新総裁となる。しかも安倍晋三が首相に返り咲く展望がみえてきた。
巷では憲法改正議論どころか、憲法廃棄論が常識化し、自衛隊強化など悠長な議論でしかなく、核武装を説く人たちが急増している。
おどろくほどの変化である。
雑誌を拡げれば尖閣戦争に応じよう、日本の自主防衛にも前向き、いまや左翼系論壇誌は『世界』しかないが、その十数倍も『正論』や『WiLL』が部数を伸ばし、ネットの議論は保守一色。これほど世の中が変わったのも、中国の横暴、傲岸不遜な態度への反発である。まさに拙著の題名のごとく『中国よ、「反日」ありがとう』(05年、清流出版)の様相となった。
軍内部で台頭するゲーム世代
とはいうものの日本のマスコミは中国軍の人事にはまるで興味が薄く、まして軍事動向に無頓着である。だから日本人の多くは肝腎のことを知らない。
尖閣戦争が全面戦争に発展することはないが、地域限定的な軍事衝突になる可能性は、中国人民解放軍の動きを見ていると明らかに高い。
毛沢東は「政権は鉄砲から生まれる」と豪語した。習近平はリーダーシップが希薄で、夫人が軍少将の人気歌手という理由だけで果たして軍を統御できるのか。軍のクーデターが起きるのではないか。尖閣戦争は軍のガス抜きのために習近平が追認するというシナリオも描けるのではないのか。
新陣容となった解放軍トップは、いかなる対日戦争を描いているだろうか。続きは月刊正論1月号でお読みください
■ 宮崎正弘(みやざき・まさひろ)氏 昭和21(1946)年、金沢生まれ。早稲田大学英文科中退。日本学生新聞編集長などを経て、昭和57年、『もう一つの資源戦争』(講談社)で論壇へ。中国ウオッチャーとして活躍。著書に『中国権力闘争』(文芸社)『習近平が仕掛ける尖閣戦争』(並木書房)、『現代中国 国盗り物語』(小学館新書)など多数。