雑誌正論掲載論文
誰もが捕まる改正反スパイ法
2023年06月12日 12:08
産経新聞台北支局長 矢板明夫/ 月刊「正論」7月号
中国の改正反スパイ法が七月一日に施行されます。元々、中国では外国人が何でもかんでもスパイにされ拘束される事案が多かったのですが、そのスパイ行為の幅がさらに広がるのです。一例を挙げれば中国国内で中国以外の、つまりロシアや北朝鮮の情報を収集すれば摘発の対象となります。
そもそも中国はあらゆる情報を秘密にしたがる傾向があります。例えば中国と米国との間の外交条約で、米国がすでに条約の内容を公開していたとしても、その文書を中国国内で持っていれば反スパイ法違反で捕まりかねません。
さらにいえば台湾の蔡英文総統の演説内容などは、台湾総統府のウェブサイトで閲覧できますが、中国国民に知らせたくない内容であり、中国では国家機密に当たるのです。ちなみに中国のネットでは蔡英文演説は基本的に検索できません。仮に日本人が蔡英文演説をスマホで検索した後に、そのスマホを持って訪中したりすれば逮捕されかねないのです。
改正反スパイ法では、国家の安全や利益に背けばスパイとなってしまいます。これまでは仮に、ある日本人が訪中して捕まったとしても、その背後に何らかの組織が関与していなければ、あるいは中国側の協力者の存在が確認されなければ、スパイ認定はされませんでした。しかし今後はたった一人で人的つながりが確認されなくてもスパイ認定されることになったのです。このようにスパイ行為の範囲が大幅に拡大されました。
中国では三月にアステラス製薬の日本人幹部社員が拘束されました。仮にAさんとしておきますがおそらくスパイ容疑です。というのは、中国の呉江浩駐日大使がAさんの件について記者会見の場で「スパイ行為だ」と発言していますから。
しかしよく考えてみるとメチャクチャな話です。このAさんは、まだ逮捕すらされていません。基本的に現在、世界中のどこの国にも「無罪推定の原則」があるはずです。これは裁判で有罪と宣告されるまでその人は無罪と推定されるという、近代法治国家の基本原則です。それを、逮捕もされていない人を、まったく関係ないはずの外交官が「あいつはスパイだ」と認定しており、およそ法治国家としてありえない話なのです。
これで二〇一四年に中国で反スパイ法が施行されて以降、拘束された日本人は十七人目といわれています。ちなみに台湾人は約五十人が拘束されています。
拘束された外国人はまず「居住監視」という行政措置を受けることになります。これは招待所といって会社の寮のような建物の、基本的に地下室に入れられます。もちろん外出はできませんし、携帯電話も没収されテレビも観ることはできません。なぜ「居住監視」なのかというと、逮捕されれば被疑者には弁護士や家族に会えるといった権利が発生しますが、行政措置の段階ではあくまでも被疑者は「行政に協力している」という建前なので、逮捕後なら認められる権利が一切ないのです。
本誌六月号では元日中青年交流協会理事長で中国当局に拘束・逮捕され、このほど日本に帰国した鈴木英司氏の体験談が掲載されていましたが、彼も七カ月にわたって居住監視を受け、この期間が一番つらかったと言っていました。
私は鈴木氏以外にも何人か、居住監視を受けた人に取材しましたが、居住「監視」というだけあって常に監視人がいて、部屋の電気は二十四時間点灯状態。寝るときは外から常に顔が見えるように、開いたままのドア側に頭を向けて寝なければならない。それで週に一回とか当局による取り調べがあるわけですが、居住監視を受けた人は普段、会話できる人がいないので、取り調べでともかく会話ができることが楽しみになるほどだそうです。それで取り調べ時間を延ばそうとして、余計なことまで話してしまう人もいるらしい。このような外国人への人権侵害が、中国では横行しているのです。
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