雑誌正論掲載論文

いまウクライナを支援すべき理由

2023年06月12日 12:09

国際政治学者 グレンコ・アンドリー月刊「正論」7月号

ロシアによるウクライナ全面侵略は、すでに一年三カ月も続き、本年中に終わる見込みはない。来年末、もしくはそれ以上続く可能性は十分にある。なぜなら、侵略を起こしたロシアの目的は、ウクライナ全土の併合と、ウクライナ民族の絶滅だからである。

ロシアの歪んだ世界観において、ウクライナの国土はロシアの土地だから、それを必ずロシアの領土にしなければならないことになっている。また、ウクライナ人は、実は間違った思想を植え付けられたロシア人だから、ウクライナ人を「目覚めさせる」必要があるということもロシアの認識だ。つまり、もしウクライナがロシアに征服されれば、抵抗する意思のあるウクライナ人は全員殺され、抵抗する意思のないウクライナ人は強制的な洗脳教育や強力なプロパガンダで、アイデンティティーはロシア人に作り替えられる。「自分がウクライナ人だ」と認識する人を完全になくすのが、ロシアの目的だ。

以上のような形で、ウクライナとウクライナ人を完全になくすのがロシアの目的だが、この目的をロシア人の圧倒的多数が共有している。また、ロシア人の多数は、この目的を必ず達成しなければならず、目的達成のためにはいかなる犠牲も顧みないと考えている。だから、何があっても、ロシアは自分の意思でこの侵略戦争をやめない。ロシアに、戦争を続ける物理的な手段が残っている限り、ロシアの侵略は止まらない。

だから、この戦争を止める唯一の方法とは、ロシアから戦争継続能力を奪うことだ。つまり、戦場でロシア軍に壊滅的な打撃を与え、当面の間ロシア軍を再起不能に陥れる必要がある。これを実現するために、ロシア軍と戦っているウクライナ軍を強くする必要がある。

ウクライナ軍を強くするには、ウクライナ軍を支援しなければならない。昨年の全面侵略が起きてから、多くの国がウクライナを支援しているが、本稿において、日本による支援について考えたい。

全面侵略開始以降、日本もウクライナに対して様々な支援を行っている。経済支援、人道支援、装備支援などだ。ウクライナ人として、これからも是非、できる範囲で対ウクライナ支援の継続、拡大をお願いしたい。ウクライナ人は受けた支援に非常に感謝しておりこの恩を忘れることはない。

同時に、欧米の自由民主主義諸国とは異なり、日本は殺傷能力のある装備、つまり武器の支援を行っていない。全体的に日本政府のロシアによるウクライナ侵略への姿勢を、高く評価したい。同時に、武器支援をしていないことが、日本の姿勢に欠けているところだと言わざるを得ない。

日本政府が策定している防衛装備移転三原則によって、日本が紛争当事国に武器を提供してはならないことになっている。また、日本のメディアなどにおいて、武器提供に対する反対論が根強い。しかし、この状態は、明らかに今の世界情勢に合っていないと言わざるを得ない。

もちろん、世界で、両側に言い分がある紛争は存在している。この場合、片方に武器提供を行うことに慎重になることは理解できる。しかし、ロシアによるウクライナ侵略はそうではない。この戦争は偶発的に起きたのではなく、ロシアは意図的に、計画的に戦争を起こしたのだ。

ウクライナは戦争を回避するために、最大限の努力を行ったが、その努力はロシアの侵略欲に踏みにじられた。だから、この戦争で善悪がはっきりしており、ロシアは一方的な侵略者で、ウクライナは一方的な被害者である。この場合、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった基本的な価値観を共有するのであれば、侵略被害者を助けることが理にかなっている態度であろう。

人を殺してはならない、他国の土地を武力で奪ってはならないというのは、文明社会の基本的な原則である。この原則を守るために動くことが自由民主主義諸国の自然な振る舞いであろう。

今は命を守り、武力による領土強奪を阻止し、そして基本的な価値観を守るために、ウクライナはロシアの侵略を撃退しなければならない。そのために、ウクライナになるべく多くの武器が必要だ。今の状態ではウクライナに武器を提供することは、基本的な価値観や正義感を持ち、国際秩序の維持と平和回復を望む、責任のある自由民主主義国家の姿勢だと思う。

平和のために武器供与を

日本における、ウクライナへの武器提供に対する反対派の主要な主張を検証してみよう。まずは、武器提供は平和主義に反するという意見だが、これは間違いだ。平和主義とは、戦争を阻止し、平和維持のために最大限の努力をすることだ。現状、平和を回復し、戦争を終わらせるには、ロシア軍を撃退しなければならない。それをしないと平和は訪れない。だからウクライナへの武器提供は最大の平和への貢献であり、平和主義である。逆に、ウクライナに武器を提供しないことが、平和主義に反し、戦争を野放しにしている態度である。

次に、ウクライナに武器を提供すれば、ロシアとの関係が悪化するという意見もある。そもそも、ロシアは何年も前から日本に対して敵対的な態度を取り、反日姿勢を明確にしていた。北方領土の返還に応じず、日本周辺で軍事挑発を繰り返していた。また、全面侵略後、日本が対露制裁を実施したことへの復讐として、ロシアは日本を非友好国に指定し、岸田文雄首相をはじめ、日本の国会議員の多くを入国禁止リストに入れている。つまり、関係はすでに悪化しているので、これ以上の悪化を恐れる必要もない。

→続きは 「正論」7月号をお読みください。

グレンコ・アンドリー 一九八七年、ウクライナの首都キーウ生まれ。早稲田大学への語学留学を経て、キーウ国立大学日本語専攻卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。著書に『ロシアのウクライナ侵略で問われる日本の覚悟』(育鵬社)など。