雑誌正論掲載論文
憲法で墓穴掘ったプーチン氏の末路
2023年03月01日 00:00
ソ連帝国再興の妄執に憑かれたプーチン露大統領によるウクライナ侵略が二年目に突入した。戦争終結への出口は全く見えない。
しかし、日本在住のウクライナ人国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏は「ウクライナは無辜の住民の残忍な殺戮を続けるロシア軍が九年前に併合したクリミア半島と昨年九月に一方的に併合宣言した東・南部四州からすべて撤退しない限り、停戦交渉に入ることはない。万が一、ウクライナが敗北を認めれば国民は皆殺しにされ、国は消滅するから徹底抗戦しかない。これは最終独立戦争だ」と覚悟を語る。
ウクライナに「敗北」がない限り、ロシアには「勝利」はない。それどころか、ロシアは自らの憲法に縛られてプーチン氏も国民も「永久戦争」をも覚悟しなければならない可能性がでてきた。
プーチン氏は二〇二〇年七月に施行の憲法改正で、思惑通りに事実上の「終身独裁者」と「生涯免責」を保障させた。まずは身の安全を確保した上で、極め付きは「領土の割譲禁止」条項を初めて明記したことだ。これに伴い刑法も改正され、「領土割譲行為は最大禁固十年、割譲を呼び掛けても最大四年」と厳罰に処せられる。
明らかにクリミアと、ソ連の独裁者スターリンが強奪した日本固有の北方領土を念頭に置いたとみられたが、現在は強制併合した東・南部四州もこの憲法の対象となったことになる。つまり、ロシアにとっては憲法上①何としても四州を死守せねばならず②ウクライナ軍に奪還されれば、再奪還の義務を負う―ことになる。
結果的に再奪還できなければ、できるまで永久に戦争を続けなければならない。プーチン氏本人あるいは関係する政権幹部が憲法違反を問われ、禁固刑に服さねばならぬ羽目にもなりうるのだ。大統領が代わってもこの憲法を変えない限り事態は変わらない。
それ以前に、併合宣言しながらいまだに制圧できていない四州を、まずは完全に掌握する必要があろう。
高まる失脚の可能性
ウクライナもさらなる苦難を強いられるが、侵略側のロシアには西側の経済制裁が止めどなく続き、欧米からウクライナへの近代兵器供与も途切れなければ、ロシアにとっては間違いなく国家破滅への道となろう。プーチン氏は憲法で自縄自縛となり、墓穴を掘ることにもなりかねない。
苦戦続きの中で自身の出身母体であるソ連国家保安委員会(KGB)の後継機関、連邦保安局(FSB)や軍内部の亀裂もしばしば伝えられている。宮廷クーデターや内戦などによる政治的失脚という無残な末路も待ち受けよう。
プーチン氏は近未来の他国併合を見越したように改正憲法に「ロシアの領土の一部となる国家の人々も大統領候補になれる」との「トンデモ条項」も忍ばせた。領土とは関係ない「大統領選」条項の「第八十一条二項」で、「ロシア連邦に組み込まれた国家、またはその国の一部に二十五年以上住み、その国以外の国籍や永住権を有していない人はロシア大統領選挙に立候補できる」がそれだ。あえて目立たないように配慮したのか。
「これこそ改正憲法の最高傑作」とグレンコ氏が皮肉る「ふざけた条文」だ。プーチン氏にすれば、昨年二月二十四日の侵攻後、ゼレンスキー大統領を排除し、ウクライナ全土、最低でもクリミアと地続きの四州をあっさりと奪取して「歴史に残る皇帝」として国民の称賛を浴びるバラ色の夢でも見ていたのだろう。それが戦争の長期化と泥沼化ですっかり当ては外れ、現実は四州併合とはほど遠い胸突き八丁の戦況が続いている。
今春、ロシア、ウクライナ両軍双方の大攻勢が伝えられる。プーチン氏はウクライナにドイツの「レオパルト2」など米英独から大量の近代的戦車が届く前に、との思惑からか、三月までに「ドンバス(ドネツ炭田)」と呼ばれる東部二州(ルハンスク州とドネツク州)を制圧するよう命令した。ウクライナ政府高官は二月九日の段階で「露軍は既に大規模攻撃を始めている」と明かした。
来年三月に五期目の大統領選を控えて「戦果」を急ぎたいプーチン氏の焦りが感じられる。しかし、すでに少なくとも二十万人のロシア兵が死傷したといわれる中で、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創始者、プリゴジン氏は「二州の完全制圧には一年半から二年かかる」と長期化の見通しを示した。
戦局が好転しない場合、四州に出している「戒厳令」をロシア全土に広げて戦時体制下で選挙を中止、そのまま大統領に居座り続ける筋書きも取り沙汰されている。
ロシアのインタファクス通信は二月六日、露財務省の統計を基に、今年一月のロシアの財政赤字が前年同月比の十四倍となる約三兆三千億円となったと報じた。主な要因は、ロシアが国家歳入の柱とする原油や天然ガス輸出の収益の減少で、西側の峻烈な対露制裁の効果が着実に表れ始めている証左といえる。中国とインドが制裁の隙を突いて原油と天然ガスをロシアから安く大量に輸入しているにもかかわらずだ。今後の継戦に不可欠の戦費調達にも重大な影響が出てくるのは必至だ。
プーチン氏は二月二日、ナチス・ドイツとの「大祖国戦争」(第二次大戦)の雌雄を決した「スターリングラード(現・ボルゴグラード)攻防戦」の現地での勝利八十周年式典に出席。演説で「この戦いはわが民族の不滅の象徴になった。ウクライナでの勝利も確信している」と指摘、「ナチズムの思想が現代的な姿をして出現し、ロシアの安全保障に直接脅威をもたらし、ドイツの戦車に再び脅かされている」とした上で、「欧州諸国をロシアとの新たな戦争に引き込み、勝利することを期待する者は、現代におけるロシアとの戦争が全く異なるものになると理解していないようだ」とまたも核使用を示唆して威嚇した。
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