雑誌正論掲載論文
LGBT法案に見る自民党の大衆迎合
2023年03月01日 00:00
産経新聞政治部編集委員兼論説委員 阿比留瑠比 /月刊「正論」4月号
《安倍晋三前首相という重石が取れると、タガが外れてすぐ緩み出すのが自民、公明の与党両党であり、霞が関の官僚らである。安倍氏が総理・自民党総裁の座に就いているときは「保守」の装いをしていても、安倍氏が退くと途端に世論迎合のポピュリスト政党の本性が表れる》
筆者は本誌の令和三年二月号に寄せた記事の冒頭、安倍氏が首相を退いた後の政界についてこう書いた。その安倍氏が不帰の客となった現在、政界も自民党もさらに一時の状況に流されやすくなり、大衆迎合の度合いを強めた。そして、リベラルを装う左翼活動家に見事に利用されている。
岸田文雄首相の元秘書官がオフレコで、性的少数者に対する差別的な発言で更迭されると、政界やマスコミは一気に、LGBTなど性的少数者への理解増進を図る法案を成立させようという方向へ雪崩を打った。
安倍氏が令和三年、政治力を発揮して抑え込んだ安直で思慮の浅い世論への同調圧力が、再び高まっている。「多様性」「寛容」の美名の下に、社会をいわゆるリベラル派が目指す一つの色に染めようという「リベラル全体主義」である。まさに共産党が主張する「多様性の統一」が眼前で進行しているようで、息苦しい。
LGBT法案には、「差別は許されない」という文言があり、これが訴訟の乱発を招くと懸念されている。また、「性自認」を絶対視しているため、それを利用した性犯罪の温床になりかねない。
「差別の禁止や法的な措置を強化すると、一見よさそうに見えても人権侵害など逆の問題が出てくる。社会が分断されないような形で党内議論をしていきたい」
「かつて人権擁護法案やヘイトスピーチ禁止などが議論されてきた。進める人は禁止規定や罰則と言う。それは社会を分断させてしまうのでよくない」
自民党の西田昌司政調会長代理は二月七日、こう記者団に強調した。その通り、LGBT政策の推進先進国である米国では事実、社会は急進リベラル派によって分断されてしまった。
イシグロ氏のリベラル観
令和三年一月十三日、衆院議員会館の事務所で、安倍氏と雑談を交わしていた折のことである。本誌三月号で、安倍氏が米社会の分断をつくったのはリベラル派だと指摘したことに触れたが、安倍氏はこんなことも語っていた。
「リベラル派は、上から目線で保守派の意見を劣ったものとみなし、抑圧する」
「リベラル派は自分の考えには疑問を持たず、反省しない。人間や社会に対する洞察が浅い」
筆者も同感だったが、これらの特徴は全体主義と通底する。全体主義者がソフトイメージの「リベラル派」を自称、偽装して忍びより、逆らい難い「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」を掲げて勢力拡大を目指しているのではないか。
もちろん、リベラル派がみな全体主義者だというつもりは毛頭ない。この年三月、東洋経済オンラインが掲載した英国のノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロ氏のインタビュー記事は、リベラル派の反省を示していた。
イシグロ氏は、二極化が進む世界を招いたリベラル派の責任を表明していたのだった。狭い世界で自分たちの価値観だけを信奉し、それ以外の考え方を知ろうとしなかったリベラル派に対する次の言葉は、安倍氏の認識とも通じる。
「私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術も必要です。つまり多様性ということです。(中略)例えばトランプ支持者やブレグジット(英国の欧州連合離脱)を選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です」
「リベラル側の人が理解しないといけないのは、ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許ではなく、誰もが語る権利があり、私たちはお互いに耳を傾けなければいけないということです」
リベラル派による言葉狩りが横行する日本社会も同じだろう。そこで安倍氏に薦め、目を通してもらうとこんな感想が返ってきた。
「ある意味、本当の意味でのリベラルだね」
そして政治家らしく、国民の審判を仰いだこれまでの選挙に結びつけてこう続けた。
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