雑誌正論掲載論文

【チャイナ監視台】根深い台湾軍のスパイ汚染

2023年02月01日 03:00

産経新聞台北支局長 矢板明夫 /月刊「正論」3月号

 郭汝瑰(かくじょかい)という、中国共産党最大のスパイについて紹介したいと思います。この人物は新中国成立前の国共内戦当時、中華民国軍(国民党軍)の少将であり、国民党軍の中枢で軍の作戦案をつくる立場にありました。彼は作戦案をつくると、それを蔣介石に報告する前に毛沢東に報告していたのです。その結果、国共内戦で「三大戦役」と呼ばれる大きな戦いがありましたが、国民党軍の手の内がほとんど共産党軍に漏れており、何倍もの兵力がありながら国民党は惨敗しました。郭汝瑰だけでなく当時の国民党軍には共産党のスパイが多数、入り込んでおり、結果として国民党軍は敗北を余儀なくされました。

 これは今から半世紀以上も昔の話なのですが、今でも台湾軍には中国のスパイが多数いるのが実情です。なぜかというと、今の台湾軍は国民党軍の流れを受けています。戦前、中国南部の広州近郊に「黄埔(こうほ)軍官学校」という、蔣介石が長らく校長を務めていた士官学校がありましたが、開設された当初は「国共合作」の時期で、共産党の幹部たちも一緒に教育を受けていました。のちに中国の首相になる周恩来などは同校で教壇に立っていたほどです。つまり共産党軍と国民党軍の流れは全部この学校から始まっていて、両軍の幹部は先輩・後輩の間柄なのです。

 共産党軍に敗れて台湾に逃れた国民党軍にとっての唯一の自慢は、先の大戦で日本軍と戦って勝ったことです。黄埔軍官学校は国共内戦後、台湾南部に移って台湾の陸軍軍官学校となりますが、ここで台湾の軍人は「抗日戦争で多大な犠牲を出しながらも勝った」という歴史教育を受けることになります。その教育の根底にあるのは民族主義です。「われわれは中国を守ったのだ」と徹底的に教え込まれ、「自分たちは中国人なのだ」という軍人のアイデンティティが芽生えてくるのです。一方、軍人以外の台湾の人たちの多くは「自分は台湾人だ」と思っており台湾独立志向も比較的強い。それは自分が中国人だと自負している台湾の軍人からすれば、とんでもないことなのです

 そして、いざ中台両軍が軍事的に対峙するときに、台湾軍の幹部にはアイデンティティ上の大きな迷いが生じるのです。実際、私が接した台湾軍のある元幹部は「もし中国軍が台湾に攻めてきて、日本の自衛隊が台湾を助けるために援軍として来た場合に、台湾軍の将校の中にはどちらに銃口を向けるべきか混乱する者がかなりいるはずだ」と話していました。

 台湾は民主化しましたが、台湾軍は旧態依然のままです。政治的には台湾国軍となったものの、やはり国民党色が残っている。蔣介石と一緒に先の大戦後、大陸からやってきた「外省人」は、なかなか台湾の社会になじめなかっただけに、多くが軍に入ったのです。そして外省人の二世、三世が軍の幹部を占めるようになってくる。そうした二世、三世が軍に入ると上司から「君の父親には世話になった」「君のお祖父さんの部下だったんだよ」と可愛がられて出世する。こうして台湾軍の幹部は外省人で占められてしまい、本省人(先の大戦前から台湾に住んでいた人たち)は軍に入ってもなかなか出世できない傾向にあります。

 だから本省人は、あまり軍に入りたがりません。かつて蔣介石の時代には「反攻大陸」が掲げられていましたが、大陸にルーツを持つ外省人にとってはともかく、本省人からすれば「何でわざわざ中国と戦う必要があるのか」という話です。そのような流れで現在、台湾では半導体の技術者や医師などは多くが本省人で占められており、軍の幹部や公務員、教師などに外省人が多い、という状況が生まれているのです。

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