雑誌正論掲載論文
人員確保なくして自衛隊は戦えない
2023年02月01日 03:00
拓殖大学大学院特任教授・防災教育研究センター長 濱口和久 /月刊「正論」3月号
昨年二月二十四日にロシアが電撃的にウクライナに侵略して始まったウクライナ戦争はいまだ戦争終結の目途が立たない中、泥沼化の状態が約一年続いている。
当初、ロシアのプーチン大統領は数週間でウクライナを降伏させることができると目論んでいた。これに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は社会インフラ分野に従事している者を除く十八~六十歳の男性を対象に「国民総動員令」を発令し、国家総力戦の体制で西側諸国から武器供与や資金援助を受けながら徹底抗戦を続けている。
一方、日本はロシアと海を隔てて国境を接し、北方領土は未だにロシアによって不法占拠されている。日本がウクライナ支援を打ち出すと、ロシアの政治家の中には「北海道はロシアの領土である」と発言する者が出るなど、日本に対しても好戦的な態度を示している。ロシアが日本に侵略してくることを想像したくないが、先の大戦での旧ソ連の行動を振り返れば、最悪の事態に備えておくことも必要であろう。
日本が国境を接している国はロシアだけではない。中国の台湾進攻が現実のものとなった場合、日本にも火の粉が飛んでくる可能性がある。台湾と目と鼻の先の与那国島をはじめとして、石垣島や宮古島などの先島諸島は間違いなく戦火に巻き込まれるだろう。国民保護の体制が整っていない中にあって、島民に犠牲者が出るのは必至であり、戦火が拡大する事態になれば、沖縄本島に犠牲者が出てもおかしくない。ウクライナ戦争を中国の台湾進攻に置き換えれば、日本にも危機的事態が迫っていることが理解できるはずだ。さらに、北朝鮮による核・弾道ミサイル開発・発射実験も日本の安全保障環境を脅かしている。
このように日本の安全保障環境が刻々と厳しさを増す中、ロシアのウクライナ侵略は日本政府にも大きな衝撃を与えた。
日本では「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が設置され、昨年十一月二十二日に岸田文雄首相に報告書が提出された。そして、同月二十八日には防衛費を令和九(二〇二七)年度には国内総生産(GDP)比二%にする方針が岸田首相から打ち出され、十二月十六日には安保三文書(『国家安全保障戦略』『国家防衛戦略』『防衛力整備計画』)の改定を閣議決定し、今後五年間の防衛費は、過去五年間の一・五倍にあたる計四十三兆円となった。ちなみに、『国家安全保障戦略』は平成二十五(二〇一三)年の制定後初めて改定されたもので、『国家防衛戦略』と『防衛力整備計画』はこれまで『防衛計画の大綱』、『中期防衛力整備計画』と呼ばれてきた。
ロシアのウクライナ侵略が日本の防衛費を増額するきっかけとなったことだけは間違いないだろう。この一年で日本政府(岸田政権)がGDP比一%の枠を超えて防衛費増額に大きく舵を切ったことは評価して良いが、今回の安保三文書で殆んど触れられていない問題がある。それは「人」の問題である。
ウクライナ戦争でも改めて浮き彫りになったように、十分な数の兵士がいないと戦闘は継続できないということだ。ウクライナは冒頭に説明した通り、「国民総動員令」を発令し、ロシアも昨年十一月一日から予備役に対して部分的徴兵を開始している。
戦国武将・武田信玄が「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉を残しているが、まさに万国共通・時代を問わず、「人」なくして国は守れないということをウクライナ戦争は改めて私たちに認識させてくれた。
疑われる政府の本気度
自衛隊は警察予備隊として創設されて以来、一度も定員を充足させたことはない。今後、少子化がさらに加速する中で、今以上に自衛隊に入隊する若者を確保することは難しくなることは火を見るより明らかだ。この問題は政府が本腰で取り組まなければ、防衛省・自衛隊だけに任せていては絶対に解決しない。高価な兵器やミサイル、弾薬等の備蓄があっても、それを扱う人がいなければ自衛隊は機能不全に陥ってしまう。「無人機などを導入するので人が減っても対応可能」とする意見もあるが、無人機も人が操作しなければ動かすことができないことは誰にでも分かるはずだ。
防衛費増額の地ならしの役目を果たすため設置された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書には、人的基盤の充実を図るための自衛官の募集対策の議論がされた形跡はない。
有識者会議設置の趣旨については以下のように書かれている。
〇我が国を取り巻く厳しい安全保障環境を乗り切るためには、我が国が持てる力、すなわち経済力を含めた国力を総合し、あらゆる政策手段を組み合わせて対応していくことが重要である。こうした観点から、自衛隊の装備及び活動を中心とする防衛力の抜本的強化はもとより、自衛隊と民間との共同事業、研究開発、国際的な活動等、実質的に我が国の防衛力に資する政府の取組を整理し、これらも含めた総合的な防衛体制の強化をどのように行っていくべきかについて議論する。
〇また、こうした取組を技術力や産業基盤の強化につなげるとともに、有事であっても我が国の信用や国民生活が損なわれないよう、経済的ファンダメンタルズを涵養していくことが不可欠である。こうした観点から、総合的な防衛体制の強化と経済財政の在り方について、どのように考えるべきかについて議論する。
趣旨を読む限り、最初から自衛官の募集対策については会議のテーマから外されていることが分かる。この会議の名称は「防衛力を総合的に考える」となっている以上、当然、自衛官の募集対策も議論するべきではなかったのか。
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