産経新聞ワシントン支局長 黒瀬悦成 「正論」10月号

「トランプさんが再選されると大変だ。でも、もし民主党が政権を取ったもっと大変になる」 今年に入り、ワシントンの友人や知人と十一月三日実施の米大統領選について意見交換をしていると、このような感想を頻繁に耳にする。そして、その含意と真剣味(または深刻度)は、少し前と今とでは相当違ってきているように思える。

 例えば、年初から三月にかけての民主党候補指名争いで急進左派のサンダース上院議員の躍進が注目されていた頃は、「サンダース大統領」の誕生で米国が急速に左旋回することの影響が心配された。ただ、仮にサンダース氏が民主党候補になっていれば、穏健派の民主党支持者や無党派層が同党を見限り、共和党のトランプ大統領の再選にはむしろ有利となったはずだ。

 一九七二年の大統領選では、再選を目指す共和党のニクソン大統領が、ベトナム反戦運動を背景に「軍事費削減」や「大麻合法化」を唱えた左派の民主党候補、マクガバン上院議員に完勝した。トランプ陣営は、年初の時点ではサンダース氏が勝ち上がってくることを見越し、今回の大統領選を「民主主義対社会主義の戦い」と位置付ける選挙宣伝を展開して効果を上げていただけに、トランプ氏対サンダース氏の対決になっていれば、七二年選挙の再現となっていた可能性は高かった。

 しかし実際の選挙の構図は、八月十七~二十日に開かれた民主党全国大会、二十四~二十七日の共和党全国大会を経て、共和党のトランプ氏と民主党のバイデン前副大統領が対決することが確定した。

 バイデン氏は、民主党内の左派勢力からの選挙協力を取り付ける思惑から、最近は左傾化した発言が目立ち、「私は史上最も進歩的(プログレッシブ)な大統領になる」などと表明しているものの、元来は穏健派に位置付けられる政治家だ。それだけに、トランプ陣営としては「民主主義対社会主義」の構図をそのままバイデン氏攻撃に持ち込んでも、有権者には響かない恐れがある。

 一方、バイデン氏の「相棒」である民主党の副大統領候補に指名されたカマラ・ハリス上院議員は、急進左派勢力の代表的な主張である「国民皆保険制度の導入」を支持し、総額三十二兆㌦を要する医療保険制度改革法案をサンダース氏らと共同提出したほか、経済活動を停滞させる極端な環境保護政策「グリーン・ニューディール」への支持を表明。米国内の不法移民を摘発する国土安全保障省傘下の移民・関税執行局(ICE)を、白人至上主義団体「クークラックスクラン」(KKK)になぞらえるなど、急進左派に寄り添う立場を鮮明にしている。

 バイデン氏が当選すれば、一期目では史上最高齢の七十八歳で大統領に就任することになるため、一期四年で退任する可能性が取り沙汰されている。そうなれば、二〇二四年大統領の民主党大統領候補に擁立される可能性が最も高いのは「副大統領」のハリス氏となる。このためトランプ陣営は、「次期大統領候補」のハリス氏を「米国史上最も過激で極左的な副大統領候補」と位置づけ、同氏に照準を定めて「左派カード」を切る構えを強める。

 

 ただ、大統領選とは突き詰めれば大統領候補同士の争いであり、いかに存在感が強いとはいえ、副大統領候補のハリス氏に対する攻撃が選挙の行方をどこまで左右するのか、現時点では何とも言えない。

 FOXニュースが八月十三日に発表した世論調査では、両大統領候補の全国支持率はトランプ氏四二%、バイデン氏四九%で、トランプ氏は引き続き劣勢にある。また、五四%が「連邦政府は新型コロナウイルスに真剣に対応しなかった」とし、「適切に対応した」二九%を大きく上回っており、感染拡大に歯止めをかけられないトランプ政権のウイルス対策に対する批判が選挙情勢に影響しているのは間違いない。

 ただ、同じ調査では面白い結果も出ていた。「自分の隣人たちは誰を支持していると思うか」との質問に対し、三九%がトランプ氏、三四%がバイデン氏と答え、実際の支持率とは逆転していたのだ。こうした質問について、一部の世論調査専門家は「実際にはトランプ氏支持者なのに、世間の目を気にして言わない﹃隠れトランプ支持者﹄をあぶり出すのに有効だ」と強調する。自身に近い環境にいる人々の考えを想像して答えさせることで、世間の目を気にして世論調査にトランプ支持者であると答えない「隠れ支持者」も含め、実際の支持動向が把握できるというわけだ。

 一六年の前回大統領選でトランプ氏が「奇跡の逆転勝利」を果たしたのは、「隠れ支持者」が最後の一押しをしたためとの指摘は根強い。そもそも実態把握が困難なだけに、米国世論調査協会は報告書で「隠れ支持者の存在を裏付ける証拠はない」と結論づけているものの、政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」のトム・ベバン代表は「公の場でトランプ氏に好意的な発言をしにくい空気は一層強くなっている。今年の大統領選では、前回以上に隠れトランプ支持者がいるはずだ」と分析する。そうした意味も含め、トランプ氏がこれから盛り返していく可能性は十分にある。

 一方で、バイデン氏がここまでリードを保っている以上、バイデン氏の勝利を見越した「備え」も急務になってきた。というのも、バイデン政権が誕生すれば、幻のサンダース政権に勝るとも劣らず、「もっと大変」になるという現実に変わりはないからだ。

 「ライス国務長官」の戦慄

 仮にバイデン政権が誕生した場合、日本および諸外国にとって最も気になるのは、外交・安全保障政策がどうなっていくかだ。 真っ先に注目されるのは国務長官人事だ。ワシントンの観測筋の間では、オバマ前政権下で国連大使(〇九~一三年)や国家安全保障問題担当の大統領補佐官(一三~一七年)を務めたスーザン・ライス氏の就任が最有力視されている。

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