雑誌正論掲載論文

「ヘイト認定」が暴走 フジ住宅訴訟判決を解説

2020年08月25日 03:00

産経新聞大阪正論調査室長 小島新一「正論」9月号

 世界はいま、「言論の自由」、そして「思想」「表現」の自由をめぐって、大きな岐路に立っているのではないか。中国が六月三十日に施行した香港国家安全維持法(国安法)に、そんな強い危惧を抱かざるをえない。 国安法は、外国人の中国国外での言動にも適用される(つまり全人類が対象)。さらに、香港だけではなく、中国が無法かつ一方的に領有権を主張する尖閣諸島や、統一のため武力行使も辞さないとする台湾についての言動も適用対象となる。

 今後、中国と取引したり人材を受け入れたりしている国内の企業・大学で、尖閣や台湾、そして中国についての言動に注意喚起する動きが広がるかもしれない。中国人の経営者や上司の前で、「尖閣は日本の領土」と主張できなくなる日がくるかもしれない。

 「言論の自由」が前代未聞の規模で侵されようとしている。そんな流れに大きく棹さし、加担するような出来事があった。七月二日、大阪地裁堺支部で出された民事訴訟の判決である。

 訴訟は、大阪府岸和田市の不動産会社「フジ住宅」に勤務する在日韓国人の女性が、「職場で特定民族への差別を含む資料を配布され精神的苦痛を受けた」などとして同社と同社会長に三千三百万円の損害賠償を求めたものだ。

 原告女性側は、①文書配布のほか②教育委員会の開催する教科書展示会で特定の教科書の採択を求めるアンケートの提出を強いられた③原告が提訴後、社内で原告を批判する旨の文書が配られた――ことで、人格権や人格的利益が侵害されたと主張。

 フジ住宅側は、①~③すべてに反論して訴えの棄却を求めたが、中垣内健治裁判長(森木田邦裕裁判長代読)は三点のいずれにも違法性を認定、同社側に計百十万円の支払いを命じたのである。

 以下、本稿では社会的影響が大きいと思われる争点①について取り上げたい。②③は業務遂行系統など企業内部の個別事情も関わっており、ここでの言及は避ける。個人差別ではないが…

 判決などによれば、フジ住宅は平成二十五年二月から二十七年九月にかけ、社員教育などのため、職場で、新聞・雑誌、インターネット上の記事、それらへの社員の感想文などの文書類を職場で配布するなどした。

 判決はまず、この配布文書類について「中国・韓国・北朝鮮との外交問題や、従軍慰安婦(判決原文ママ)・南京事件の歴史認識問題、靖国神社参拝、中国・中国人の土地購入問題…などを主題として、中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判したり、在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者に対して『死ねよ』『嘘つき』『卑劣』『野生動物』などと激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり、日教組や株式会社朝日新聞社、親中親韓派の議員・評論家に対して『反日』『売国奴』などの文言で同様に侮辱したり、我が国の国籍や民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなどの政治的な意見や論評の表明を主とするもの」と一括して性格づけた。 そのうえで、これら文書類は、女性を念頭において書かれたものではなく、会社による配布も原告個人への差別的言動とは認められない、と判断した。

 一方で、文書類は「反覆継続」して従業員全体に「大量」に配布されていることから、「従業員に特定の国への嫌悪感情を抱かせ、原告が職場で差別を受けるかもしれないと危惧して当然のもの」と判断。「労働者の国籍によって差別的取り扱いを受けないという『人格的利益』を侵害するおそれは、社会的な許容限度を超えている」と結論づけた。

 フジ住宅側は判決に「個人に向けた差別的言動を認められなかったことは妥当な判断だが、判決は私企業における社員教育の裁量や経営者の言論の自由の観点から、到底承服し難い」とのコメントを発表し、判決言い渡し四日後の七月六日付で控訴している。産経新聞記事もやり玉に 判決が「特定の国への嫌悪感情を抱かせ」「差別を危惧して当然」と指弾した文書類の一部を、本稿末に一覧表として示したのでご覧いただきたい(公に言論活動を行っている筆者・刊行媒体の文書類のみ引用)。確かに「在日死ねよ」のように明らかな差別的文言が記載された文書もある(後述)が、ジャーナリストの櫻井よしこ氏や麗澤大学客員教授の西岡力氏のように社会的評価を得ている筆者らが、事実に基づいて行った論評が多数並んでいる。

続きは「正論」9月号をお読みください。