雑誌正論掲載論文
五つの火薬庫と五発の爆弾~「チャイナ監視台」
2020年08月05日 03:00
産経新聞台北支局長 矢板明夫「正論」9月号
武漢ウイルスの感染拡大などで中国に対する風当たりは強まるばかりです。国際社会から浴びせられるいろいろな批判にも中国は居丈高に振る舞って顰蹙を買っています。中国は国外に五つの火薬庫を、国内には五発の爆弾を抱えているのです。今月は中国が直面する現実と置かれている状況について解説します。
その前に、まず東シナ海の尖閣諸島について考えたいと思います。尖閣諸島では中国海警局の公船が周辺水域、領海内に侵入する出来事が九十日以上続いています。これほどの長期に及んだことは過去ありません。注意が必要なのは、周辺水域で日本漁船を追尾し、監視するような動きが出てきたことです。
こうした挑発行動は今までありませんでした。尖閣をめぐる緊迫のレベルは間違いなく上がりました。中国の狙いは尖閣諸島に対する日本の実効支配を切り崩すことで、そのための既成事実を積み上げているのでしょう。 日本の領海や周辺海域に中国海警局の公船が侵入する事態が常態化し、海上保安庁の船よりも中国の船が闊歩し、そこに日本の漁船が立ち入れない。島に漁船が近づこうものなら中国公船に追尾され、追い出されてしま
う。問題はこうした状況が半年、一年と続いた場合、「尖閣諸島が日本の実効支配下にある」といえるのか。そうした主張は、怪しくなってしまうでしょう。それこそが、まさに中国の狙いなのです。
尖閣に日本の実効支配が及んでいない。そうなると、日米安保条約は発動しません。米軍が出てこなければ中国にとって恐いものがなくなりますから重大です。中国が目指していることは、尖閣有事の際に日米を切り離すこと、連携対処ができない状況を作り出すことでしょう。尖閣を奪いとるための重要なステップであることは間違いありません。いずれ中国が日本側の抗議など全く意に介せずに「尖閣実効支配宣言」などを出す可能性だって否定できません。
台湾は尖閣をどうみているか
ではこうした尖閣諸島の問題を台湾はどうみているか。台湾も尖閣諸島について領有権を主張しています。六月二十二日に沖縄県石垣市議会が尖閣諸島の住所地の表記を「登野城」から「登野城尖閣」に変更するよう議決しました。これは日本の行政権が尖閣に明確に及んでいることを示していますが、これに台湾で抗議の声が広がったのです。 私はそうしたなかで、陳水扁政権(民進党)で副総統を務めた呂秀蓮氏にインタビューしました。実は呂氏自身、かつては米国留学中に台湾人留学生らと尖閣諸島を台湾のものと訴える「保釣運動」に参加していました。しかし、参加後まもなく、運動を止めます。呂氏は「保釣運動」の裏で中国が暗躍していて、学生指導者らを招待して合宿を開くといった裏で糸を引く動きや介入している〝正体〟を知り、運動を離れてしまったのです。
呂氏は、「現在も保釣運動の背後には中国の影があり、台湾と日本を対立させることで漁夫の利を得ようとしている」と「保釣運動」の実態や狙いを力説します。そのうえで「日本は米国が主導した一九五一年のサンフランシスコ平和条約で台湾の領有権を放棄したが、釣魚台(尖閣諸島、魚釣島の台湾表記)の主権は放棄しなかった。米国は七二年の沖縄返還で、釣魚台を日本に返した。この二つが今の状態を作っている」とし、「台湾が文句を言うなら米国に言うべき。日本に抗議するのは筋違いだ」といって台湾の抗議活動をいさめているのです。
五つの火薬庫
尖閣諸島はじめ東シナ海の波は高く「火薬庫」といっていい。ただ、これ以外にも中国は「火薬庫」を抱えています。朝鮮半島もそうです。最近の北朝鮮の動向は依然キナ臭い。金王朝の三代目、金正恩は再び公の席から長期間姿を消し、動静がわからない日が続きました。
もっぱら表舞台に出てくるのは妹の金与正党第一副部長で、与正氏は米朝首脳会談の見通しについて「今年は行われないと見る」という談話を出すほどまでになっています。彼女が北朝鮮の権力機構の隅々まで果たして掌握しているのか、それは不明ですが、独裁国家の後継指導者としての振る舞いを隠さなくなってきているのは、重要な変化です。朝鮮半島は米中対立の最前線です。引き続き、注視していかなければなりません。
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