雑誌正論掲載論文
政界なんだかなあ 朝日と拉致事件
2020年07月25日 03:00
産経新聞論説委員・政治部編集委員 阿比留瑠比 「正論」8月号
足を引っ張ったのはどこだ
一読、白々しい気分となった。朝日新聞の六月七日付社説「横田滋さん死去、悲劇を繰り返させまい」のことである。そこには、こんなことが書いてあった。
「北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、滋さんが老衰のため亡くなった。その無念さに誰もが胸を痛めている。この悲劇を繰り返してはならない」
「一方で安倍(晋三)政権の側も、腰が定まっていない。『最大限の圧力』を唱えた後、米朝が接近すると、無条件の対話の呼びかけに転じる。そんな態度では北朝鮮を交渉に引き出せない」
朝日は、何を偉そうに言っているのだろう。もともと北朝鮮に甘く、横田家をはじめ拉致被害者家族に冷淡で、安倍政権の拉致問題への取り組みに異を唱え続けて足を引っ張ってきたのはどこの新聞社だったか。
そもそも、安倍政権は「最大限の圧力」を崩してはいない。むしろ米国と歩調を合わせ、連携して拉致問題解決を目指そうとしただけではないか。
いかにも朝日らしい偽善的で欺瞞的な社説だと感じていたところ、めぐみさんの弟の哲也さんが二日後の六月九日の記者会見で、そんなメディアの在り方を鋭く批判した。
哲也さんは「拉致問題が解決しないことに対し『安倍政権は何をやっているんだ』という発言をメディアで耳にする」と語り、こう訴えたのである。
「安倍政権が問題なのではなく、四十年以上も何もしてこなかった政治家や『北朝鮮が拉致なんかしているはずがない』と言ってきたジャーナリストやメディアがあったから安倍首相、安倍政権が苦しんでいる」
「安倍首相、安倍政権は動いてくれている。何もやってない方が、政権批判するのは卑怯だ。拉致問題に協力して、さまざまな角度で協力して動いてきた方が言うならまだわかるが、的を射ていない発言をするのは、これからやめてほしい」
朝日は、自分たちこそは何もしてこなかったどころか、むしろ安倍首相の足を引っ張ってきた「卑怯」な存在ではないかと、胸に手を当てて考えるべきだろう。
この論調こそ障害ではないか
振り返れば朝日は、平成十一年八月三十一日付社説「『テポドン』一年の教訓」では、北朝鮮への食糧支援再開を唱えるとともに、深刻な人権問題であり重大な主権侵害である拉致問題について、次のように書いていた。
「日朝の国交正常化交渉には、日本人拉致疑惑をはじめ、障害がいくつもある」
拉致問題を「邪魔」や「妨げ」を意味する障害と言い放ったのである。これは当然のことだが拉致被害者家族を傷つけ、また激怒させた。滋さんはこの社説を読んで長年の習慣だった朝日購読をやめたという。
小泉純一郎首相(当時)による平成十四年九月十七日の初訪朝当日の紙面では、拉致被害者家族らが集会でこぶしを突き上げている写真のキャプションに記した。
「拉致問題解決を訴える行方不明者の家族たち」
行方不明者とは当時、北朝鮮側が使っていた用語である。朝日にとって拉致被害者は、一日千秋の思いで救出を待つ同胞という感覚はなく、あくまでただの行方不明者に過ぎなかったのだろう。
この日夕、めぐみさんの母、早紀江さんが記者会見で涙ながらに述べた次の言葉が忘れられない。この母の覚悟と深い思索に比べ、朝日の姿勢の何と薄っぺらだったことか。
「これまで長い間放置されてきた日本の若者たち(拉致被害者)の心の内を思ってください。私たちが力を合わせて戦ってきたことが、(拉致事件という)大変なことを明るみに出した。これは日本にとっても、北朝鮮にとっても大事なことです」
ところが、朝日はそれでも反省しなかった。
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