雑誌正論掲載論文

日中の学者を公然と「誘拐」 許してならない中国の国家犯罪

2020年05月25日 03:00

産経新聞論説副委員長 佐々木類 「正論」6月号

 中国当局による不当な身柄拘束が止まらない。日本人に加え、日本で学術研究している中国国籍の学者も、拘束されていたことが新たに判明した。音信が途絶えてから十カ月も経過した今年三月下旬、中国政府が北海道教育大の中国人教授(六四)を取り調べ中であると公式に認めた一件だ。

 教授の拘束が法の支配に名を借りた問答無用の身柄拘束だとしたら、著しい人権侵害である。彼らはスパイ容疑で拘束したと正当性を主張するが、証拠も開示せずにだれが信用できるというのか。

 その限りにおいて、彼らのやっていることは拉致であり、誘拐に等しい。国家犯罪そのものと言ってもよかろう。

天安門事件の「闘士」

 今回、新たに身柄拘束が明らかになったのは、北教大の袁克勤教授(東アジア国際政治史)。一九八九年に起きた中国・天安門事件の際に民主化運動に注力した「闘士」として知られる。中国・吉林大卒業後、天安門事件の二年前に一橋大院で法学修士を取得。北教大で教鞭をとるまで同大法学部で助手を務めた。日本の、とりわけ北海道の緑豊かな自然をこよなく愛し、日本に骨を埋める覚悟で、家族ともども来日し、日本での永住権を獲得した。

 何よりも、中国と違って日本は言論の自由が保証されている。そこが気に入ったという。

 今年三月二十六日、中国外務省の耿爽報道官は、日本人記者の質問に答える形で、中国で昨年五月から音信不通となっていた袁氏について、「スパイ犯罪」に関する容疑で中国の国家公安部門から取り調べを受けていることを初めて明らかにした。

 耿氏は袁教授が「犯罪事実に対して包み隠さず自供している」と述べ、「証拠は確かだ」と主張している(三月二十七日付産経新聞朝刊)。現在は検察機関が起訴の可否を判断するための捜査を進めているといい、「刑事手続き上の権利は十分に保障されている」と述べた。

 習近平国家主席の国賓来日の一件も含め、とかく北京の顔色ばかりうかがっているようにしか見えない日本政府だが、中国が先に公表した以上、さすがに反応せざるを得なかったのだろう。

 西村明宏官房副長官は翌日の記者会見で「袁教授は長年にわたってわが国の大学で教職に就かれていると承知している。関心を持って注視している」と語った。だが「事柄の性質上、コメントは控えたい」と述べるにとどまった。

 個人的に驚いたのは、耿氏が三月二十六日、袁教授の拘束を公式に認めたタイミングだ。解放に向け支援活動を続けている北海道大の岩下明裕教授(国境学)に筆者が初めてインタビューしたわずか二時間後のことだったからだ。

 袁教授が中国で音信不通となったことは昨年十二月下旬、札幌からの報道で知っていた。いつ無事に帰国できるのかといった解放時期の話どころか、中国政府が袁教授の身柄拘束をいつになったら認めるのかすら、まったく見当がつかない中での発表でもあった。

工作員に仕立てられた妻

 筆者が独自ルートで入手した情報をもとに、袁氏が消息を絶つまでの経緯を追ってみよう。

 袁教授は中国吉林省出身。昨年五月二十五日、母親が亡くなったために一時帰国した。葬儀に参列した翌日の二十九日、大学の用事で中国・瀋陽市に向かった。その途中、吉林省長春市の路上で、中国国家安全局と思われる男たちに妻とともに連行された。

 夫婦別々の車に押し込まれ、違う場所に連れていかれた。教授は長春市第三看守所に収容されたことが、後になって分かった。

 妻は三日後に釈放されたが、このとき初めて、身柄を拘束したのは安全局だったことを知った。担当者から、釈放の条件として「日本に帰国し、袁教授のパソコンや携帯電話、出版物などを中国に持ち帰る」よう指示された。

 六月中旬、妻は一人で日本の家に帰宅した際、北教大に対し、夫の袁教授が「高血圧の治療のため戻ることができない」と伝えるとともに、安全局に指示された袁教授のパソコンなどの所持品を持って中国に戻ったという。

 だが、自責の念にさいなまれたのだろう。再び日本に戻った袁教授の妻は、袁氏の妹で、広東省深圳市で働いていた袁克智さんに洗いざらい打ち明け、事件が発覚した。妻は妹とは仲の良い友人関係だった。

 慌てた克智さんが現地安全局に問い合わせると、袁克勤氏はスパイ容疑で取り調べられているとのことだった。妹や、後に雇用が認められた弁護士も一切接触できないどころか、安全局は公式には拘束の事実すら認めず、外交部(外務省)に問い合わせても一切返事がなかったという。

続きは、本誌6月号をお読みください。