雑誌正論掲載論文

「戦時大統領」の評価が握るトランプ氏再選への道

2020年04月05日 03:00

産経新聞ワシントン支局長 黒瀬悦成 「正論」5月号

 トランプ大統領は再選できるのか―。十一月三日に実施される米大統領選での最大の関心事は、この一点に尽きるだろう。

 そして大統領選の行方も、今やパンデミック(世界的流行)と化した新型コロナウイルスに左右される事態が明確となってきた。今年の米大統領選は、疫病が爆発的に流行した年に実施されるという過去に例をみない事態となる。それだけに、トランプ氏の命運を握る最大のファクターは、同氏が新型コロナ危機に適切に対応し、乗り切ることができるかどうかだ。

 新型コロナをめぐる目下の逆風は、いわゆるロシア疑惑やウクライナ疑惑絡みの弾劾騒動など、就任一期目で数多の難局を乗り越えてきたトランプ氏にとって最大の試練となるのは間違いない。

「ウイルス打倒なら株価急上昇」

「これは戦争だ。私は自らを『戦時大統領』だと思っている。戦争には勝利を収めなくてはならない」

 トランプ氏は三月十八日、ホワイトハウスでの記者会見で今回の危機を「戦争状態」と位置づけ、国民に団結を呼びかけた。

 この日、トランプ氏が「史上空前の最高値の更新」を自賛してきた株価(ダウ工業株三十種平均)が一三三八ドル安の一万九八九八ドルとなり、同氏が大統領に就任した二〇一七年一月二十日(一万九八二七ドル)の水準まで下落した。株価を就任当時から三割以上も上昇させ、雇用を創出し、景気を完全回復させたトランプ氏にとり、経済状況の極端な悪化は自身の再選の可否につながる緊急事態だ。

 それ以前に、新型コロナ危機という国難を克服できるかは、世界唯一の超大国である米国を率いる大統領としての真価を問うものだ。トランプ氏の「戦時大統領」発言は、戦争や災害などの国家的危機に際しては、党派や政治的立場を超えて直ちに結束する性向が強い米国人気質を意識し、ともに立ち向かうことを呼びかけたものといえる。

 トランプ氏は、別の日の記者会見では「(新型コロナ)ウイルスを打倒できれば株価もロケットのように急上昇する」と強調。楽観的な態度と前向きの展望を示して国民に困難を乗り切る気力を与えたいとする同氏なりの配慮が読み取れる。

 ただ、トランプ氏に批判的な野党の民主党勢力や「主流派」と称される左派リベラル系メディアからは、トランプ氏が記者会見などでしばしば大ざっぱに事実関係を語ることなどに関し「根拠不明の発言は逆に国民を不安がらせている」とする批判も少なくない。

 米公共放送のNPRとPBS、調査会社マリストが三月十三~十四日に実施した全米世論調査では、八四%が新型コロナに関し「公共衛生の専門家からの情報を信用できる」と回答した一方、トランプ氏からの情報を「信用できる」と答えたのは三七%にとどまった。

 トランプ氏がホワイトハウスでほぼ連日にわたり行っている政権の「新型コロナ対策チーム」(座長はペンス副大統領)の記者会見では、米国立衛生研究所(NIH)の傘下組織である「国立アレルギー感染症研究所」(NIAID)の所長を務める米国随一の感染症専門家、アンソニー・ファウチ氏が必ず同席する。これは、専門家がウイルスに関する正確な情報を提供する一方で大統領が全体状況を説明するという役割分担を想定しているのは明らかだ。

 記者会見の中で、ファウチ氏が専門的見地からトランプ氏の発言を補足・微修正する場面があるのは事実だ。トランプ氏の発言が、いつもながら軽率のそしりを免れない部分があるのも否定はできない。

 しかし、反トランプで凝り固まった一部の「主流派メディア」や、それらメディアの論調を下敷きに米国報道の方向性を決める無定見な一部の日本の記者や評論家が、トランプ氏とファウチ氏の説明の食い違いの揚げ足を取り、トランプ氏の新型コロナ対策そのものに疑問を呈するのは、必ずしも建設的な対応とは言えない。

 というのも、トランプ氏は物議をかもす発言で世間に波紋を広げる裏で、ウイルス対応で実質的な施策を着々と打ち出しているからだ。

 三月十八日の記者会見では、朝鮮戦争当時の一九五〇年に成立した「国防生産法」を発動し、民間企業にマスクや手袋、人工呼吸器などの医療機器を増産するよう命じる方針を明らかにした。また、北の隣国カナダとの国境を一時封鎖し、不要不急の往来を三十日間にわたり制限すると表明。二十日には南のメキシコとの国境でも同様の措置をとるとした。

 さらに、議会共和党はトランプ氏の指示で十九日、史上最大規模となる総額一兆ドル(約百十兆円)の景気刺激策を盛り込んだ新型コロナ対策法案を発表した。

 これに先立ちトランプ政権は一月三十一日、ウイルス感染の発生国である中国に過去十四日間に渡航した外国人が米国に入国するのを禁止。後にイランも対象国に加え、トランプ氏が三月十三日に「国家非常事態」を宣言した際は欧州二十六カ国からの外国人の入国を三十日間中止すると発表した(十四日には英国とアイルランドも対象国となった)。

 米政権は、中国からの入国制限を他国に先駆けていち早く断行したことに関し「ウイルス対策のための時間を六~八週間も稼ぐことができた」(オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官)と指摘する。トランプ氏も「多くの米国人を救うことにつながった」と自賛した。

続きは「正論」5月号をお読みください。

■ くろせ・よしなり 昭和四十一年生まれ。慶応大学法学部政治学科を卒業後、読売新聞社に入社。ニューデリー支局長、ジャカルタ支局長、ワシントン特派員などを歴任。平成二十五年に産経新聞社入社。二十九年よりワシントン支局長。