雑誌正論掲載論文

リポート 国境がなくなる日 中国が北海道で画策する「居留区」

2020年03月25日 03:00

産経新聞編集委員 宮本雅史 「正論」4月号

 東京地検特捜部がカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業をめぐる汚職事件を捜査していた今年一月中旬、知り合いの中国情報通の男性から連絡が入った。

 「(工作資金として)実際は二十数億円動いている。永田町にばらまかれたはずだ」

 そして、彼はこう続けた。

 「IR参入は口実。中国資本の真の狙いは、北海道内で居留区を確保すること。背後に共産党がついている。すべて計画通りだ」

 彼は、私が外国資本、とりわけ中国資本による国土買収の実態調査を始めて以降、情報提供や分析を通して協力してくれている一人だ。ただ、彼の証言を裏付ける証拠はない。一瞬、疑問を持ったものの、「あり得る話だ」と思い直し、別の取材協力者である北海道の不動産業者に「居留区」証言を確認すると、こんな答えが返って来た。

 「中国資本は、一七〇〇億円ほどつぎ込んで、留寿都村にホテルやコンドミニアム、学校、病院、プライベートジェット用の滑走路を作り、中国人集落を造成しようとしていた。共産党の指示で三年ほど前から計画が出ていた。最初はカジノの話は出なかった、と聞いている」

 「居留区」証言はガセではなかった。

買収に歯止めなし

 「あり得る話だ」と感じたのには理由があった。

 私が外国資本による国土買収の取材を始めたのは平成二十(二〇〇八)年。前年の十九年に対馬(長崎県)に配置されている海上自衛隊対馬防備隊本部の隣接地が、韓国資本に買収されたことがきっかけだった。以降、対馬を十数回訪ね、韓国資本と対馬の関係を注視するとともに、沖縄、佐渡(新潟県)、五島列島(長崎県)、礼文・利尻(北海道)、種子島(鹿児島県)など国境を背負う離島に足を運び、外国資本による不動産の買収状況を取材した。

 我が国では、外国資本による不動産買収は規制されていないばかりか、買収された地域のその後についても詳細に追跡調査されず、買収の実態そのものが正確に把握されていない。外国資本に農地や森林、観光地などが買収されること自体問題だが、買収された後の使途などのフォローもなく放置されていることも、主権国家としての体をなしていない。買収する側からすると、これほど都合のいい買い物はない。

 北海道は四年前から定点観測している。北海道の不動産を買収した外国資本をみると、圧倒的に中国資本や背後に中国の影が見える資本が抜きんでていることから、中国資本の北海道での動向を注視すると同時に、これまで買収された森林やゴルフ場、農地、太陽光発電所用地、観光地などの定点観測を続けてきた。

 北海道は平成二十四(二〇一二)年から、毎年、外国資本等による森林取得状況を調査、公表している。三十年(一~十二月)をみると、外国資本(海外に所在する企業・個人)に買収された森林は計二十一件、一〇八ヘクタール、東京ドーム約三十個分。内訳をみると、一位は中国(香港、マカオを含む)で十一件、約九一ヘクタール(東京ドーム約二十個分)だった。また、日本国内にある企業で、外国法人の子会社など資本の五〇%以上を外国資本が占める企業(外資系企業)による買収は計七件、五八ヘクタール。東京ドーム約十三個分で、一位はやはり中国の二件、三・五ヘクタール(同一個分)だった。

 外国資本等による森林買収と、日本国内にあり、外国資本が占める企業を合計すると二十八件一六六ヘクタール(同約三十六個分)に上る。カナダやタイ、オーストラリアなどの資本もみられるが、中国資本または中国系資本が十三件、九四・六四ヘクタール(同二十一個分)で最も多く、全体の五七%を占めた。シンガポール系資本は二件、四九ヘクタール(同約十一個分)ではあるが、中国とあわせると八六%になる。

 買収目的は主に、「太陽光発電所の建設」「資産保有」などだが、中国資本や中国系資本の場合、四件が「不明」「未定」だった。

 我が国では、一度、売買契約が成立し所有権が移動すると、何に利用するのか、どう開発するかは所有権者の思いのままだ。日本国内でありながら、どのような開発が行われ、どのように利用されても、異議を唱えることすらできない。外国資本は目的を問わず、自由に不動産を買収でき、自由に利用できる構造になっているのだ。

 海外からの買収は増え続け、平成十八年から三十年までに三十八市町村で累計二七二五ヘクタール(同約五百八十個分)に膨れ上がった。八~九割は中国資本だ。だが、この数字は水源地にからむ森林に限られ、農地やゴルフ場などを含むすべての不動産を網羅していないため、実際に買収された広さは分からない。

 中国資本の買収方法を見ると、国際的リゾート地・ニセコとその周辺から放射線状に広がっている。しかも、買収規模が百ヘクタール単位と大きいところもあり、全道を視野に買い進んでいるように感じる。不動産業関係者らの話を総合すると、実際の買収面積は「一桁少ない」という指摘もある。

買収された町

 何度も足を運び、定点観測を続けていると、不自然さと変化に気づく。

 北海道での中国資本の激しい不動産買収のなかで、私が注視しているのは、中国と関係があるとされる農業生産法人に村がほぼ丸ごと買収された沙流郡平取町豊糠だ。平取町は義経伝説でも知られるが、豊糠地区は、幌尻岳の西側の麓に位置し、標高約二五〇メートル。人口はわずか二十五人(買収時)で、人里から遠く離れた集落だ。冬期は積雪が深く、陸の孤島になる。

 この豊糠地区が買収されたのは平成二十三年。業務用スーパーを全国にフランチャイズ展開するA社の子会社の農業生産法人が、二一九・四〇九二ヘクタールある農地のうち五六%にあたる一二三・三七五四ヘクタールを買収した。

続きは、正論4月号をお読みください。

■ みやもと・まさふみ 昭和二十八年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、産経新聞社入社。平成二年、ハーバード大学国際問題研究所に訪問研究員として留学。五年、ゼネコン汚職事件のスクープで新聞協会賞を受賞。司法記者クラブキャップ、警視庁記者クラブキャップ、バンコク支局長、社会部編集委員、那覇支局長などを経て現職。主な著書に『歪んだ正義―特捜検察の語られざる真相』(角川文庫)、『「特攻」と遺族の戦後』『海の特攻「回天」』(共に角川ソフィア文庫)、『電池が切れるまで』(角川つばさ文庫)、『報道されない沖縄』『少年兵はなぜ故郷に火を放ったのか』(共にKADOKAWA)、『爆買いされる日本の領土』『領土消失』(共に角川新書)などがある。