雑誌正論掲載論文

習近平が重視する「人民より国家体面」

2020年03月05日 03:00

産経新聞外信部次長 矢板明夫 「正論」4月号

 今回は中国の新型コロナウイルス対策を検証したいと思います。結論を先に言えば、中国の対応は「でたらめ」かつ後手の連続で、公益に対する正しい理解が確立されないまま、横暴が継続している。そう要約できます。

 具体的に考えるために、時系列に沿って、中国の対応を見ていきましょう。発信源となった湖北省武漢市で初めて感染者が確認されたのは、二〇一九年十二月八日でした。その後、市内の病院では、感染者が少しずつ増えていきます。「武漢で原因不明の肺炎患者が確認された」と小さく伝えた中国メディアもありましたが、詳しい報道は全くありませんでした。

 十二月下旬あたりになると、市の中心部にある、「華南海鮮市場」周辺で感染者が多くみられたことから、「感染源は海鮮市場ではないのか」といった憶測が、インターネットを通じて広がっていきました。この海鮮市場では、食用ヘビやウサギ、コウモリなどの食用小動物が販売されており、感染症の発信源である可能性が強く疑われました。市当局もすでにその頃、感染が拡大していることを把握はしていました。ですが、市当局は、メディアにも医療関係者にも「情報を一切外に漏らしてはならない」と箝口令を敷いてしまったのです。

 実は、武漢市では日本の市議会にあたる人民代表大会が、一月六日から十日まで開催される予定になっていました。そのあと、十一日から十七日には武漢市が属している、湖北省の人民代表大会が続きます。地元共産党執行部の一年間の活動や執政方針、予算などが審議される場ですが、地方指導者にとって、議会の評価は今後の昇進に影響します。議会開催前に、感染症など大流行されては困るのです。

 日本ではまず考えにくい話ですが、今回、武漢市が肺炎の感染者について発表しなかった最大の理由、それは「指導者の都合」だったと言われています。日本では、こうした場面で隠蔽すれば、激しく指弾され、責めを受けます。ですが、中国当局者は決してそうは考えない。庶民の暮らしを一義的に考えることなど、まずありません。むしろ、自身の保身優先で、庶民を置き去りにすることへの躊躇や抵抗感などはありません。

 武漢市は十二月末になって、ようやく海鮮市場を閉鎖します。ですが、ほかの対策はほとんどとりませんでした。やったことといえば、武漢市の警察が「肺炎が流行っている」という情報をインターネットに流した者の摘発でした。

 二〇二〇年一月一日、市の公安当局は「インターネット上に事実でない情報を公表し、転載した」として、医療関係者八人を処罰したと明らかにします。八人は呼びつけられ、長時間の取り調べを受け、反省文を書かされました。厳重注意されたのち、釈放はされましたが、その際、メディアに「デマを広め、秩序を乱す行為は許されない」と声明を出しました。「病気のことをインターネットに書くと犯罪者にされてしまう」。こうした恐怖心が武漢市民に植え付けられることになりました。

 こうした光景からは、政府や官憲の動きをチェックし、批判するメディアの存在がいかに大きいかということを考えさせられます。日本のメディアにも問題はあるでしょう。それでも中国の当局者が「問題を解決せずに問題を提起した人を処罰する」ような「住民目線なきやり方」に明け暮れるのはなぜか。それは、中国では当局の横暴や至らない点を批判的に論評し、監視するメディアが全く存在しないからだと思うのです。

続きは、正論4月号をお読みください。

■ やいた・あきお 一九七二年中国・天津市生まれ。十五歳の時、中国残留孤児二世として日本に引き揚げ。九七年慶応大学文学部卒業。二〇〇〇年、中国社会科学院日本研究所特別研究員、南開大学非常勤講師。〇二年に産経新聞社入社、〇七年に中国総局(北京)特派員。一七年から外信部次長。