雑誌正論掲載論文

IR事件で浮かび上がる中国の罠 日本乗っ取り工作の闇暴け

2020年02月15日 03:00

産経新聞論説副委員長 佐々木類 「正論」3月号

 チャイナマネーによる政界汚染の一端が明るみに出た。北海道と沖縄県を舞台としたカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業に絡む贈収賄事件だ。

 東京地検特捜部は衆院議員の秋元司容疑者を再逮捕して裏付け捜査を急いでいる。安倍政権が成長戦略の柱と位置付けるIR事業について、菅義偉官房長官は「IRは日本が観光大国を目指す上で必要だ。外国企業からの献金は禁止されており、IR以前の問題ではないか」と語るが、立憲民主党など野党は一月二十日召集の通常国会で政府・与党を追及する構えだ。

 ナゾだらけの今回の事件で忘れてならないのは、容疑事実が巨大なジグソーパズルの一部分に過ぎないという事実である。

 捜査は緒についたばかりで全体像は杳として知れない。だが、巨大経済圏構想「一帯一路」で日本を絡め取り、二十一世紀の冊封体制構築を夢想する中国の周到な国家戦略の輪郭が、おぼろげではあるが、パズルの図面に見え隠れしてきたのが今回の事件なのだ。

 小悪を捕らえて巨悪の逃げ切りを許せば、ほくそ笑むのは中国共産党政権とそれを手引きする面々である。中国風に言えば日本国内に巣くう漢奸だ。チャイナマネーの毒が回った政界に、自浄作用は期待できそうにない。特捜部が背景も含めて、どこまで事件の全容解明に迫ることができるのか、今後も注視していく必要がある。

 さて、IR担当の内閣府副大臣だったとはいえ、秋元司容疑者の名前を聞いてピンときた人は、よほどの事情通だろう。いわんや、逮捕された贈賄側のブローカーや中国籍の男などは、知る由もなかろう。そこに巨悪が逃げ込むカラクリが潜んでいる。

 副大臣は内閣の一員には違いない。だから見ようによっては、政権の中枢がチャイナマネーに汚染されたと言えないこともない。だが、中央省庁の政策意思決定過程にあって、副大臣とその下の政務官は役所にとって「お客さん」だ。役所にもよるが、政策決定に直接関与することは極めて稀で、「局長―事務次官―大臣」のラインの埒外にある。国益をかけた交渉ごとなど任されるはずもない。それでも海外出張先の相手と撮影した写真を自慢げに自室に飾り、次の選挙に備えるセンセイ方は少なくない。

 秋元容疑者の容疑事実も一月中旬時点で、総額一千万円弱という小規模だ。むろん、われわれ庶民にとっては高額だが、金丸信自民党副総裁の巨額脱税事件に端を発した平成五年のゼネコン汚職で逮捕された仙台市長は、一億円の収賄容疑だった。それと比べればの話だが、特捜部が手がける事件にしては、いかにも小粒な事件との印象は拭えない。

 ここで事件をざっとおさらいしておこう。

 秋元容疑者はIR担当の内閣府副大臣だった平成二十九年九月、IR事業で便宜を受けたいとの趣旨を知りながら、「500ドットコム(以下、500社)」社の元顧問、紺野昌彦容疑者=贈賄容疑で逮捕=らから現金三百万円を受けとった。三十年二月には、妻子と北海道旅行への招待を受け、旅費など約七十万円相当の利益供与を受けた疑いで、昨年十二月二十五日に逮捕された。秋元容疑者は容疑事実を全面否認している。

 秋元容疑者は二十九年八月、500社が那覇市で開催したIRに関するシンポジウムで基調講演した際、講演料二百万円を受け取った。当初は五十万円の予定だったが、IR担当の内閣府副大臣に内定したとの情報を得た贈賄側が講演料の増額を決めている。

 十二月には500社が用意したプライベートジェットで中国深圳にある本社を訪問し、マカオのカジノ施設なども訪れた。500社は渡航費や宿泊費など数百万円相当を負担したとされている。

 特捜部は、講演料がIR事業で便宜を受けたいとの趣旨で提供した賄賂であり、中国やマカオ訪問の旅費についても、同様の趣旨で利益供与したとの見方を強めて裏付け捜査を急いでいる。

 中国訪問には白須賀貴樹衆院議員や勝沼栄明前衆院議員も同行しており、特捜部は二人の地元事務所など関係先を家宅捜索し、任意で事情を聴いている。日本維新の会に除名された下地幹郎元郵政民営化担当相(比例九州)は現金百万円の受領を認め、議員辞職の瀬戸際に立たされている。

巨大パズルを解明せよ

 この稿を書いている一月中旬時点での事件の容疑事実はこんなところだが、微に入り細に入るのはこの際止めておく。

 今回のIR汚職が、巨大なジグソーパズルの断片に過ぎず、ここでのメーンテーマである中国の壮大な罠を前に、事件の枝葉末節を紙面で紹介するほど、そこに重要な意味を認めないからだ。

 それにしてもなぜ、贈賄側は取り調べに対し、北海道や九州・沖縄選出の国会議員五人に資金提供したなどと、ぺらぺら供述しているのか。ナゾの多い事件の中で最初に浮かぶ素朴な疑問である。

 巷間、司法取引による捜査協力などと言われているが、それだけではあるまい。司法取引であれば捜査協力の見返りに身柄拘束を伴う逮捕などの強制捜査を免れるのが世の常である。事件の鍵を握る秋元容疑者の元政策秘書がそれに当たる可能性が高い。

 これに対し、贈賄側の500社元顧問、紺野昌彦、仲里勝憲、日本法人元役員、鄭希の三容疑者は実際に逮捕されている。仮に司法取引のつもりでぺらぺら自供したのに逮捕されたのだとしたら、何のための捜査協力だったのかと自分の行為を棚に上げて特捜部をさぞ恨んでいることだろう。

 続きは「正論」3月号でお読みください。

■ ささき・るい 昭和三十九年生まれ。早稲田大学卒業後、産経新聞社に入社。社会部、政治部を経て、平成二十二年にワシントン支局長。論説委員、九州総局長兼山口支局長などを歴任し、三十年から論説副委員長。近著に『日本が消える日』(ハート出版)。