雑誌正論掲載論文
ゴーン被告逃亡 人質司法批判に怯えた裁判所の醜態
2020年02月05日 03:00
産経新聞司法クラブキャップ 河合龍一 「正論」3月号
「私は今、レバノンにいる。もはや私は有罪が前提とされ、差別が蔓延し、基本的人権が無視されている日本の不正な司法制度の人質ではなくなる」
保釈中だった日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告(六五)が国外逃亡し、複数の欧米メディアがゴーン被告の声明を伝えたのは、日本時間の大晦日の早朝だった。
後に米陸軍特殊部隊「グリーンベレー」の元隊員らを雇い、音楽コンサート設備用の大きな箱に身を隠して関西空港のエックス線検査をすり抜け、プライベートジェットで不法出国したとみられることが判明する。ゴーン被告は裁判所が命じた海外渡航禁止の保釈条件を破り、不法出国した上で、世界中に向け、日本の司法制度を「差別蔓延」「人権無視」「人質司法」だと批判したのである。
これほど日本の刑事司法が蹂躙されたことはかつてないだろう。なぜこんな国辱的な事態になったのかを考えたとき、一つの結論に行き着く。それは日本の刑事司法の頂点に立つ裁判所が「ぶれた」ことに原因があるのではないか、と。端的に言えば裁判所の「自業自得」ということである。
業績が低迷していた日産をV字回復させるなど世界的なカリスマ経営者として知られたゴーン被告が東京地検特捜部に逮捕されたのは平成三十年十一月十九日。過去五年度分の役員報酬を約五十億円過少に有価証券報告書に記載したという金融商品取引法違反容疑だった。
だが捜査には国内外から思わぬ逆風が吹く。特に目立ったのは欧米メディアからの「長期勾留」「人質司法」といった日本の刑事司法制度に関する批判だった。特捜部が十二月十日に、別の三年度分の過少記載の容疑で再逮捕すると「勾留を延ばす目的で容疑の期間を分割した」(弁護団)との声が上がり、批判はピークに達した。
裁判所の異変〝保釈ラッシュ〟
こうした中、裁判所に「異変」が起きる。まずは同月二十日、東京地裁がゴーン被告の勾留延長を一日も認めなかったこと。刑事訴訟法は勾留期間を最長十日間と定めており、「やむを得ない理由」がある場合に限り、さらに最長十日間の延長を認めている。事件が複雑で証拠が膨大な特捜部の事件の大半は最長十日間の延長が認められてきた。司法統計をみても二十九年に検察が全国の裁判所に勾留延長請求して却下されたのはわず〇・三%。「異例中の異例」(検察幹部)であり、特捜部は準抗告したが、地裁は棄却。事実上、ゴーン被告の早期の保釈を促す〝メッセージ〟だった。
実は検察内には、地裁が国内外の世論や年末年始を意識して勾留延長を十二月三十日までの「満額の十日間」は認めないのではないかという観測が広がっていた。複数の法曹関係者から「裁判所は世論やメディアを最も気にする組織」と聞いたときは、にわかに信じられなかったが、検察側の懸念は予想を上回る形で現実化したのだ。
事件の本丸を当初から中東各国関係先への巨額に上る日産資金の不正支出と位置付け、年末に三度目の逮捕を想定していた特捜部は、保釈されればゴーン被告に事件関係者への口裏合わせなどの証拠隠滅を図られ、事件が潰れてしまうと判断。その翌日、急遽、サウジアラビア人の友人側に約十三億円を不正に支出させたなどとして、会社法違反(特別背任)容疑で三度目の逮捕に踏み切った。
金商法違反容疑でゴーン被告の共犯として逮捕、再逮捕されていた元代表取締役、グレゴリー・ケリー被告(六三)が二十五日に、起訴内容を否認しながら逮捕から一カ月余りで保釈されたのも異例だった。一般的に被告が否認している場合、証拠隠滅の恐れがあるなどとして、公判前整理手続きで論点が明確になるまで勾留されるケースが多いためだ。
同じ年の三月に、リニア中央新幹線建設工事をめぐる談合事件で起訴され、否認した大手ゼネコン二社の元幹部ら二人は約九カ月間勾留されていたが、ケリー被告保釈の八日前の十七日に保釈決定。その四日後には文科省汚職事件で否認のまま起訴され、約五カ月間勾留されていた文科官僚も保釈されるのだが、この官僚については公判前整理手続きで主張が出ただけで論点整理ができていない中での保釈だった。
なぜ同じ経済事件、否認事件で一方は九カ月と五カ月、一方は一カ月なのか。突然の保釈の運用変更は、「同種事件の過去の量刑との公平性の確保」を重視する裁判所とは思えない「不公平性」である。ゴーン、ケリー両被告を保釈すると、リニア談合、文科省汚職の被告は、なぜ保釈されないのか、という批判が起きることを想定した〝駆け込み保釈〟としか思えないのである。
年が明け、一月十一日に起訴。弁護団から二度にわたり保釈請求が出されたが、地裁はいずれも却下した。ところが二月に「無罪請負人」の異名を持つ弘中惇一郎弁護士らが新たに選任されると、再び検察に激震が走る事態が起きる。
地裁は三月五日、保釈を認め、六日にゴーン被告は百八日間に及んだ身柄拘束を解かれたのだ。弘中氏らは事件関係者と接触していないか確認するため制限住居の玄関に監視カメラを設置することやパソコン、携帯電話の使用制限など約十項目の保釈条件を地裁に提案して保釈を勝ち取っていた。
ベテラン裁判官は当時、「弁護人が条件をがっちり付け、証拠隠滅の恐れは下がったと判断した」と語り、一部メディアも「厳しい条件」などと書いたが、外出先で関係者と会うことも、知人の携帯やパソコンを使うことも可能。検察幹部が「抜け道だらけ。裁判所は『保釈ありき』だから条件なんて形式的なもの」と言えば、地裁の「早期保釈」の判断を評価する検察OBでさえ「約十項目の条件は保釈の運用を変えるための『口実』だ」と分析するほどだった。
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■ かわい・りゅういち 昭和四十九年大阪生まれ。産経新聞社会部で裁判所、検察などを取材する司法クラブキャップ。