雑誌正論掲載論文
経済効果乏しい沖縄クルーズ船客
2019年11月25日 03:00
産経新聞那覇支局長 杉本康士 「正論」12月号
中国からのクルーズ船客を取材しようと意気込んでいたが、取材の第一歩でいきなりつまずいた。十月五日正午過ぎ、東シナ海を望む那覇港大型旅客船バースに足を踏み入れようとすると、初老の警備員に制止された。
「船が泊まっている間は中に入れません。引き返してください!」
この日は中国・厦門を出発したクルーズ船「スーパースター・ジェミニ」(約五万㌧)が那覇港に寄港した。ところが、国際船舶・港湾保安法に基づき、一般の人が船に近づくことは禁じられているそうだ。
ラブホと龍柱がお出迎え
平成三十(二〇一八)年にクルーズ船で日本を訪れた観光客は約二百四十五万人に上る。政府は令和二(二〇二〇)年に五百万人を目指すが、その主力となるのが沖縄県だ。乗員を含む沖縄県への外国クルーズ船客は三十年に百十二万人だった。寄港回数では、那覇港や平良港(宮古島市)、石垣港(石垣市)を抱える沖縄県が全国で一位だ。
沖縄県は三年度の外国人観光客四百万人を目指しており、このうちクルーズ船客で二百万人を当て込む。観光が主要産業の沖縄県にとって、クルーズ船誘致は最重要課題だ。米軍基地問題では対立が目立つ政府と沖縄県だが、ことクルーズ船に関しては歩調が合っており、いまや、クルーズ船誘致は「国是」とも言える。
世界各国から沖縄県にやってくるクルーズ船客の中でも、中国の観光客は圧倒的シェアを占める。平成二十九年調査では、海路で沖縄県を訪れる観光客のうち、中国本土からがトップの三〇・二%に達した。
ところが、県内では芳しくない評判も聞こえてくる。マナーが悪い、地元にカネを落とさない、観光客が一時に大挙するので渋滞の原因になる―。だが、那覇市内では化粧品やお菓子でパンパンになった買い物袋を抱える外国人をよく見かける。噂は本当なのか。確かめてみることにした。
「スーパースター・ジェミニ」でやってきた観光客が入国・税関手続きをしている間に、旅の目的を聞いて回ろうと考えていたが、当てが外れたのは、冒頭に書いた通りだ。時間があったので、乗客待ちをしているタクシー運転手に話しかけてみた。
「中国の船だからタクシーは使わないよ。今日は働く気が起きないから、のんびり待ってようと思って来た」
運転手はこう言って笑った。台湾人や香港人は個人旅行者が多く、タクシーを使う。水族館や大型ショッピングモールなど長距離利用者も多いという。これに対し、中国人は団体客が多く、貸し切り観光バスで運ばれていくそうだ。
タクシー運転手に話を聞き終わると、やることがなくなってしまった。周辺で目につくのはラブホテルと龍の巨大モニュメントぐらい。時間をつぶすことは難しい。
龍のモニュメントは、翁長雄志前知事が那覇市長時代に那覇市と中国・福州市の友好都市三十周年を記念して建立した「龍柱」だ。高さ十五メートルの龍柱二体には、爪が四本しかない。五本の爪は中国皇帝のシンボルで、四本爪は中国の冊封体制に編入されていることを象徴している。
それにしても、クルーズ船から降りた中国からの〝お客様〟が最初に目にするのが、龍柱とラブホテルとは―。そんなことを考えているうちに、次々と観光バスが港からはき出されていく。「30号団」と張り紙されたバスを追いかけることにし、自家用車のエンジンをかけた。時間は午後一時。「中国クルーズ船客と行く沖縄ツアー」の出発だ。
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■ すぎもと・こうじ 昭和四十九年生まれ。慶応大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。平成十二年、産経新聞社入社。政治部で防衛省、外務省担当などを経て三十年四月から現職。