雑誌正論掲載論文
わが家を襲った8050問題 介護保険制度の恩恵と盲点
2019年10月15日 03:00
産経新聞WEB編集チーム 飯塚友子 「正論」11月号
八月末、行きつけの歯科医で「右の奥歯が三本、砕けています。歯ぎしりが原因」という驚きの診断を受け、治療を行った。この二年間、公私ともに蓄積したストレスが、顕在化したようだ。
平成二十九年夏、身体が固まってしまうパーキンソン病を患う母(八三)に、幻視などをともなうレビー小体型認知症の症状が現れ、在宅介護が始まった。それを発端に、実家に引きこもって定職に就かない次兄(五十代)と、向き合わざるを得なくなり、さらに長らく音信不通だった長兄(五十代)による金銭の要求まで始まり、家庭裁判所で調停も重なったのは、これまで記した通りだ。
通常、「8050問題」とは、自立できない五十代の子供を、八十代の親が支える状態を指すが、わが家の場合、問題はもう一段階、先である。八十代の親が要介護になったため、自立できない子供(五十代)の対応まで、そのきょうだいに降りかかる―という同時多発問題だ。「8050」を放置すると、問題は親からきょうだいに引き継がれる。
この三重苦をシステムエンジニアの姉(五十代)と協力し合い、多くの人の助けも借りて、何とか綱渡りでしのいできた。色々な人に助けて頂き、またこうして書く事で気持ちの整理を付けていたつもりだったが、就寝中も切歯扼腕の緊張は続いていたようだ。ストレスは過食も引き起こし、私は最近、保健指導の対象になった。
今も東京家裁立川支部で、長兄から申し立てられた二度目の調停が続いている。九月に続き、十月も平日真っ昼間に期日が入った。それを通知する姉と私宛の裁判所の封筒を見ただけで、いい気持ちはしない。筋違いとしか思えない金銭の要求に、友人の弁護士と、七月に選任された母の成年後見人の弁護士が対応してくれ、長兄と直接やり取りをしなくて済むので、とても助かっている。しかし調停は、たとえ不成立(双方が合意に達しないこと)に終わっても、何度も申し立てられるので、今後も長兄からの申し立てが続くと、覚悟しなければならない。
一方、六月に私と姉が実家を出たため、一人暮らしになった次兄は、どうやら今も仕事は続いているようだ。これまで母が負担していた光熱費や水道代などは、次兄が受益者として負担すべきものだが、それを姉や私が言っても抵抗した。しかし母の成年後見人が、電話で「名義変更の手続きをしてください」と言うと、素直に「明日する」と答えたそうだ。もはや二人の兄とのやり取りは、弁護士を通じた方が話が早い。
昨年五月、母が老人病院に入院するまで、とことん介護保険の恩恵にあずかった。パーキンソン病が進行し、これに平成二十九年以降、レビー小体型認知症も発症し、車いすが欠かせない要介護四(最重度は五)の母は、一割負担で訪問リハビリや通所施設など、多様なサービスが受けられ、どれほど助けられたか分からない。一方で、当事者になってみえてきた問題点もある。主に二点、記したい。
介護保険は、制度にたどり着ければ頼りになる制度だが、日本の社会福祉は基本的に申請主義だ。自ら役所に出向き、手続きをしなければ、サービスを全く利用できない。しかし、そもそも介護保険そのものを知らなかったり、認知機能が衰え、足腰が悪くなって外出もままならない高齢者には、手続きも容易ではない。
わが家の場合、母の代理で私が、介護保険の手続きを行った。申請には認定申請書のほか、本人のマイナンバーカードなどが必要だ。パーキンソン病を患う母は手が震え、文字を書くのもままならないので、書類は私の代筆である。車いすの高齢者は、役所に行く事も難しい。独居の高齢者や、高齢者同士でケアする老老介護の場合、申請自体が困難で、必要な支援が届いていないケースも少なくないはずだ。
さらに申請窓口までたどり着いても、介護保険はその先が長い。書類が受理されると、介護の程度を市区町村担当者らが各家庭に訪問し、聞き取り調査を行う「訪問調査」の日程を決める。これがおおむね一カ月後。調査には家族も立ち会い、生活状況や身体機能についての聞き取り調査で、補足を求められる。姉と私は仕事を休んで対応した。
それから要介護認定の結果が郵送されるのは、さらに一カ月後である。それまで要介護一だった母が、二十九年に腰椎を骨折して車いすの生活になり、新たな認定結果を一日千秋の思いで待っていた私は、思いあまって東京都の担当部署に電話をかけてしまったが、回線が混み、なかなか繋がらなかった。私と同様、じりじりとしながら認定結果を待っている人は多いのだろう。高齢者の身体機能が衰えれば、介護度も上がり、利用できるサービスも増えるので、その度に認定し直す。母のような「見直し組」も、介護認定の申請窓口に殺到しているのだ。それからやっと、ケアマネージャーにケアプランを立ててもらい、晴れて介護保険を利用できるのである。
続きは「正論」11月号でお読みください。
■ いいづか・ともこ 昭和46年生まれ。早稲田大学卒業後、産経新聞に入社し、文化部で舞台芸術を担当。