雑誌正論掲載論文

ヤクザ国家・中国に対抗せよ

2019年08月15日 03:00

評論家 石平/静岡大学教授 楊海英/産経新聞外信部次長 矢板明夫 「正論」9月号

楊 先日の大阪で開かれたG20をめぐって、日本のメディアはあたかもアメリカが保護主義貿易の悪者であるかのように報道していました。しかし最大の保護主義国は、実は中国でしょう。中国の貿易はとうてい自由貿易とはいえないと思うのですが、いかがですか。

石 まったくその通りで、中国がやっているのは自由貿易でも何でもありません。情報にしろ金融の分野にしろ一番、世界に対して市場を開放せず自由貿易を拒んでいるのが中国です。ではなぜ中国が自由貿易を声高に叫んでいるのか。中国語には「『あいつが泥棒だ』と叫んでる奴が本当の泥棒だ」という意味のことわざがありますが、まさにそれを実行しているのです。保護主義をやっている中国は自らに矛先が向かないよう、逆にアメリカに保護主義のレッテルを貼って、自分は自由貿易だと自称している、という構図です。

楊 日本のマスコミはそれにまんまとだまされているわけですね。

石 中国共産党宣伝部に完全にだまされているのか、あるいはだまされたフリをしているのか。ともかく、日本の一部の新聞やテレビの報道・論説を見ていると、もう本当に中国宣伝部のために仕事をしているんじゃないかと思えてきます。おそらく、中国宣伝部は喜んでいますよ。給料ももらわずに仕事をしてくれるのですから。

 実際はアメリカが本当の自由貿易を守るために中国に制裁関税を掛けているところで、アメリカは制裁関税第四弾の発動を見送りましたが、それは決して貿易戦争の収束を意味するわけではありません。今までに掛けた二千五百億ドル分の関税はまだ生きています。アメリカとしては今いきなり第四弾の関税を掛けたら国民生活への影響が大きいという国内事情もあって、時間稼ぎのために先送りしたような面もあるのです。

矢板 たしかに日本のマスコミの中には、米中貿易戦争を仕掛けたアメリカが加害者で中国が被害者であるかのような報道がありますよね。よく考えてみればアメリカは、ルールを作って、そのルールを守りましょうと言っているだけなのです。一方、中国はルールを作っても全然、守ろうとしません。典型的なのは、中国に進出している日本企業が今、自由にお金を外に持ち出せないことです。これは深刻な問題で、多くの企業が仕方なく中国国内で再投資をさせられているのです。いくら稼いでも、そのお金を中国国内での事業拡大に使うしかない。それに関して企業は中国に対して全く文句を言えないし、日本政府もまた何もできません。実は米中貿易戦争の結果として中国がきちんとルールを守るようになれば、恩恵を受けるのは日本企業なんですね。本当は日本のためにもやってくれているのに、そういう視点がメディアには欠けています。

楊 外国の企業なり個人が中国で正当なルートで手に入れた金ですら持ち出せない、これの何が自由貿易なのかと思わされますね。

石 簡単にいえば今の「米中貿易戦争」は、世界の警察であるアメリカが皆の利益を守るために泥棒をなんとかしなければ、と頑張っているわけですが、この泥棒が逆に「警察こそが泥棒」だと言っているようなものです。問題は、警察を応援してしかるべき一般市民が、ともすれば警察を悪者扱いし、泥棒のほうに同情していることです。

 本来ならば中国がWTO(世界貿易機関)のルールを守っていれば、アメリカが中国に貿易戦争を仕掛ける必要など何もなかったのです。今、アメリカが中国との交渉の中で求めていることは要するに、知的財産権や技術を盗むな、あるいは技術の強制移転をやめろということ。つまり中国が泥棒行為をやめれば済むだけの話なのです。ただ面倒なのは、その泥棒が国連の常任理事国だったりすることです。審判団に泥棒が入っているような話です。

楊 中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を使って一番ダーティーな仕事をしますからね。それは中国国内でも同様で、人民が必要以上に豊かになれないようにあらゆる手段で共産党が抑えているんですね。だから、中国では例えばIT企業なども共産党にとって必要なものは意図的に育てますが、一般の人民を豊かにするかといえば、しません。農民から土地を取り上げますし、農民が自由に動くことすら制限しています。そして共産党員がずっと既得利益者であり、ブルジョアなのです。「それはおかしい」と北京大学や清華大学の学生たちが「マルクス研究会」とかつくって原点に戻ろうとしたら逮捕されてしまう。

石 今のお話に関連して、仮にマルクスが現在の中国で生きていたとしたら、確実に習近平によって逮捕されてしまうでしょう。魯迅も、仮にもし今の中国にいたとしたら、とっくに死刑ですね。

続きは「正論」9月号でお読みください。

■ せき・へい 1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学部卒業。88年来日し、神戸大学大学院博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。2007年、日本国籍を取得した。著書多数。矢板明夫氏との共著に『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』。

■ よう・かいえい 1964年、中国・内モンゴル自治区生まれ。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。2000年に日本に帰化し、06年から現職。19年、正論新風賞受賞。『墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』など著書多数。近著に『独裁の中国現代史』。

■ やいた・あきお 1972年、中国・天津市生まれ。15歳の時、中国残留孤児2世として日本に引き揚げ。慶応大学文学部卒業。中国社会科学員日本研究所特別研究員などを経て2002年、産経新聞社入社。07年から約10年、産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。