雑誌正論掲載論文

わが家を襲った「8050(介護+ひきこもり)問題」 翻弄される毎日

2019年06月25日 03:00

産経新聞WEB編集チーム 飯塚友子 月刊正論7月号

 80代の親が、50代の子を支える、高齢化した引きこもりの問題を言う「8050問題」。内閣府は今年3月、40~64歳の推計約61万人が半年以上、自宅に引きこもっている|という調査結果を初めて公表した。うち7割が男性である。

 予想以上に多い数字に、暗澹たる気持ちになったのは、私だけではないはずだ。それは私自身、この2年間、働きながら認知症の母(83)の介護に加え、定職に就かず実家に居続ける次兄(50代)と、向き合わざるを得なかったからである。「8050問題」を放置すると、親世代の介護が始まった途端、〝50世代〟の問題がその兄弟姉妹に及ぶ。自立していない中高年の問題に直面する、私や姉のようなケースが、この「61万人」のうち、どれほどの割合を占めるのだろうか。「8050問題」は家庭ごとに多様だと思うが、ひとつの事例として、わが家のケースを紹介したい。

 母に異変が現れたのは2年前、平成29年の初夏である。私は、都内の実家で母、システムエンジニアの姉(50代)、次兄と4人で暮らしていた。記者という仕事柄、会社と実家の行き来で、実家は寝床と化した暮らしだった。

 母は日銀銀行員だった父(平成6年没)と結婚後、4人の子供を育てながら転勤族の夫を支えた。夫婦仲はよく、母は父の死後、かなり落ち込んでいたが、新聞3紙を読み、大学の成人向け講座に通うなど、向学心も旺盛だった。

 その母が突如、丸めた障子紙の棒で居間の床や窓を叩き、ぬいぐるみを庭に投げるなど、奇行を繰り返すようになったのである。もともと母は動作が固まってしまうパーキンソン病を患っていた。母の奇行は、この病気の原因物質が脳神経の他部位に現れるレビー小体型認知症を疑わせるもので、幻視に苦しむのが特徴だ。通院先の神経内科で状況を説明し、投薬対応したが、幻視はやがて妄想や攻撃行動が繰り返される「せん妄」へと変化していった。

 秋口には「あんたに殺されそうになった!」などと、鬼の形相で私や姉をにらみつけ、痕が残るほど腕に爪を立て、平手打ちなど、暴力的な行為が目立ってきた。更に信じられない馬鹿力で、玄関に放置されていた重さ20キロのバーベルまで持ち上げてしまったのだ。

 結局、このバーベルが原因で腰椎を圧迫骨折。通院先でも「警察を呼んで!」などと叫ぶ。典型的なせん妄状態に陥って、別の精神病院に入院することになった。入院先は、閉鎖病棟の個室である。認知症ばかりを集めた鍵付の病棟で、「けがをするから」と時計一つ置けない病室に、親を入院させる切なさは忘れられない。そして、親の死や介護をきっかけに、家族の問題も顕在化する。

 「子供3人と同居していれば、親の介護も楽だろう」と思われるかもしれない。しかし、それは互いの関係が良好な場合で、わが家の場合、むしろ困難が多かったと言わざるを得ない。私も姉も、母の介護が始まるまで、長兄の連絡先も知らず、同居する次兄が辞めた勤務先すら知らなかったといえば、関係の希薄さが伝わるだろうか。

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■ いいづか・ともこ 昭和46(1971)年生まれ。早稲田大学卒業後、産経新聞に入社し、文化部で舞台芸術を担当。