雑誌正論掲載論文

在韓米軍撤退を日本のチャンスに

2019年05月25日 03:00

福井県立大学教授 島田洋一 月刊正論6月号

「北朝鮮の脅威に対抗する日米韓の連携」という言葉はもはや死語になった。アメリカに孤立主義的なトランプ大統領が誕生したゆえではなく、韓国に「従北一途」の文在寅政権が生まれたがゆえである。

 かつて韓国は「共産主義の防波堤」、南北を隔てる38度線は「アジアにおける冷戦の最前線」とされた。現在の韓国政府は北の支援者ないし内通者の様相を呈しており、当然、米韓同盟も空洞化せざるを得ない。

 米軍は、今春になり韓国との大規模合同軍事演習をすべて打ち切った。停止ではなく廃止である(大隊レベルの小規模合同演習は当面継続)。トランプ大統領は盛んに「経費節減」を打ち上げ、米国防総省は「外交を後押しするための打ち切り」という側面を強調するが、理由はそれだけではない。

 より大きな戦略的判断が背後にあることを見落としてはならないだろう。

 第一に、もはやアメリカは、韓国を守るため、すなわち北の対南侵攻部隊を撃退するために自国兵士の血を流す気はない。文在寅政権が対北宥和に汲々とし、自ら武装解除を進める以上、当然だろう。また北への反攻に当たっても米側は基本的に地上軍を投入するつもりはない。海空軍力による北の指令系統中枢や軍の拠点への攻撃は行っても、地上戦はもっぱら韓国軍の責任という仕切りになろう。

 従って、韓国領土の防衛および韓国領からの北進を想定した従来型の大規模合同演習は存在の意味を失った。

 一般的な現代同盟のあり方を考えても、これは自然な流れである。例えば日本領土に外国軍が侵攻した場合、地上で撃退に当たるのは日本の陸上自衛隊であり、米軍はそもそも地上戦闘部隊を日本に駐留させていない。米軍は専ら「槍」の役割、すなわち海空軍力を用いた敵の拠点攻撃の役割を担う。

 一方、在韓米軍2万8500名の内訳は、目下、陸軍1万8500名、空軍8000名、海軍・海兵隊併せて2000名と「陸」偏重が明らかである。

 北が異常に危険な存在という認識に立てば、「異常な」戦力配置も正当化されるが(実際、従来はその認識から、韓国の要請に基づき、米国の自動参戦を保証する「仕掛け線」として米地上部隊が駐留してきた)、韓国政府自らが北は「主敵」ではなく「気の合うパートナー」との認識に転換した以上、米軍が特異な配置を続ける理由はなくなる。

 米韓同盟が続くとしても、米軍は海空軍力による「槍」の役割に特化する方向に動くだろう。その場合、敵の短中距離ミサイルの射程内にある韓国に基地を置く必然性はない、どころか置かない方がより安全に攻撃態勢を取れる。

 米韓合同軍事演習が廃止に至ったもう一つ見逃せない理由は、先月号の拙稿(「アメリカの深層」第44回)でも触れた通り、情報漏れの阻止である。

 韓国と合同演習を行うと、機微な軍事情報が北朝鮮に筒抜けになると見ておかねばならない。情報が伝わる先は北に留まらない。北は南から得た情報を、友邦たる中国、ロシア、イラン、キューバ等に適宜与え、代わりに別の秘密情報や禁輸物資を得ようとするだろう。韓国と実戦に近い演習をすればするほど、米軍はより重要な作戦情報を世界中の反米勢力に知られかねないのである。

続きは月刊正論6月号でお読みください

■ 島田洋一氏 昭和32年、大阪府出身。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は国際関係論。「救う会」副会長、国家基本問題研究所企画委員。著書に『アメリカ・北朝鮮 抗争史』(文春新書)など。