雑誌正論掲載論文
カルロス・ゴーン事件 日本が悪い?! フランスの呆れた「親方三色旗」体質
2019年01月25日 03:00
産経新聞パリ支局長 三井美奈 月刊正論2月号
2018年の最大の経済ニュースは、「ルノー=日産=三菱自動車」連合のドン、カルロス・ゴーン容疑者の逮捕劇だった。企業トップの公私混同ぶりが報じられると日本中があきれ、怒った。だが、ルノー本社のあるフランスは違う。「日本の陰謀」「悪いのは日本」という奇怪な議論が横行した。その背景を探ると、何かにつけて「政府と外資」頼みという、他力本願なフランス経済の実態が浮かび上がる。
ルノー本社はパリ・ブローニュの森の南に立つ。セーヌ川を臨む、ガラス張りで巨大な扇形の建物。ここが、ゴーン容疑者の「城」だった。
11月19日の同容疑者逮捕から一夜明け、取締役会は20日に、「ゴーン会長が職務不能になった」として暫定経営陣を発足させた。ナンバー2だったティエリー・ボロレ最高執行責任者(COO)がトップとなり、ゴーン会長の権限を担った。
だが、これっきりルノーから世界への発信は途絶えた。ボロレ氏は社員に向け、「大変な時ですが、どうか仕事に集中して欲しい。私を信頼して下さい」というメッセージを送った。事件発生以降、公の場にはほとんど登場しない。
ある社員(30)は、「メールを見て『この人、だれ?』と思った。社内では知っている人はあまりいないと思う。アジア通だって聞いたけれど、本当かなあ」と話す。同社勤務2年になる技師(24)は、「ゴーン会長はぜいたく好みで、事件前から好きではなかった。それでも、自動車市場には先見の明があったし、偉大な経営者だった。これから、会社はどうなるのか」と不安を語った。
仏経済誌「チャレンジ」のアランガブリエル・ベルドボワイエ記者は、ボロレ氏について、「寡黙で目立つことを好まない。プラットフォームの構築で成果をあげましたが、『いつも工場にいる人』という感じでしょうか。カリスマ指導者として世界に発信したゴーン容疑者とは、正反対の性格」と言う。世界で売り上げ台数2位の3社連合トップとしては、あまりにも存在感に乏しい。
そんな彼に代わって、ルノーの舵を取るのはフランス政府だ。エマニュエル・マクロン大統領、ブルーノ・ルメール経済・財務相はルノーと日産を離婚させまいと、やたらでしゃばっている。ボロレ氏ら暫定経営陣の発足を発表する記者会見は、「誰が真のトップなのか」を決定的に印象付けた。
会見場は政府庁舎。6分間の短い会見では、ルメール経済・財務相がほとんど1人でしゃべりまくった。いつものように高級スーツに身を包んで登場し、「これまで通り、ルノー、日産の連合を維持すべきだ」の一辺倒だった。
おまけに「我々は法治国家であり、推定無罪が原則だ。ゴーン氏に対する容疑は現段階では何も立証されていない」と述べて、日本の司法にまでクギを刺した。日産が内部調査で集めた不正情報をルノー側に渡さないことに、不満たらたらだった。主役のはずのボロレ氏は「自動車連合は死活的に重要」と、最後の40秒でポロリと述べただけだ。
ルメール氏はその後、毎日のようにテレビに出て、「日仏の連合トップはこれまで通りルノーから。資本比率も現状維持」と訴えた。ルノーには20人も広報担当がいるが、「この件で詳細は何も言えない」というばかりで、何の対応もしない。
それもそのはず。マクロン政権にとって、ルノーと日産の連携は民間企業の連携にとどまらない。フランス経済、さらに政権の命運がかかる死活的課題なのだ。ルノーは、フランス国内だけで4万7千人の雇用を抱える。しかも、この会社の利益は半分程度が日産からのものだ。
フランス政府がいかに必死なのかは、11月末、ブエノスアイレスで開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議の会場であらわになった。
フランス大統領府は事前に、「マクロン大統領と安倍首相の首脳会談がある。日産、ルノー連合が話し合われる」とさかんに情報を流した。一方で、日本側はだんまり。同行記者には予定すら伝えられなかった。2人は結局、15分間の「立ち話」をした。
マクロン大統領は「連合の現状維持」を訴え、外交課題にしようとした。だが、安倍首相に「政府が関与するものではない」とあっさりいなされた。ルメール経済・財務相はこれに先立ち、大阪万博の件で訪仏した世耕弘成経済産業相に、やはりしつこく「現状維持」を迫った。経済・財務相は「ルノー、日産の資本比率は変えるべきでない。日本の相手方(世耕氏)も合意した」と地元メディアに発言し、世耕氏に「そんなことは言っていない」と反論される始末だ。
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■ 三井美奈氏 昭和42(1967)年生まれ。一橋大卒。読売新聞パリ支局長などを歴任。平成28(2016)年、産経新聞に入社。著書に『イスラム化するヨーロッパ』(新潮新書)など。